雨の中でしたが、昨日の朝、貴船神社に行ってきました。京都は今はどこの神社も夏の大祓えの時期です。そして夏越しを祈念して、氷をイメージした、水無月というお菓子が和菓子屋さんに並んでいます。
(京都芸術大学 瓜生通信より出典)
昔からどの古い文明でも、太陽が再生する(一陽来復の)冬至と、一年のちょうど中間地点で転換点にあたる夏至は大切な変わり目とされてきました。
夏至は、エネルギー的には、陰陽のちょうど切り替わりのところ、下の図で言えば、メビウスの輪の絵で言えば、真ん中のねじれのところにある地点なんですね。
気が陽から陰に転換点を通過して、切り替わっていくところなので、良い転換になっていくように、その大事なポイントで魔がさしておかしな方向へ転換して行かないように、お祭りしたんですね。
京都府の日本海側にある元伊勢は本当に夏至当日に神事しました。
昼間の時間が最も長い夏至の21日、京都府福知山市大江町内宮の元伊勢内宮皇大神社(大林八十彦宮司)で、夏越大祓が営まれた。神社西向かいの御神体山・日室嶽山頂に沈む太陽を仰ぎ、暑い夏を無事に過ごせるよう祈る神事
天照が太陽神だとしたら、やっぱり太陽信仰ですし、太陽の栄枯盛衰は、日本人にとって非常に気になることだったはず。
太陽の勢いを示す、冬至や夏至が重要な祭りだったのは、神道よりも前からの価値観だったのではないでしょうか。
ゲートやポータルが.....とスピリチュアルで強調される以前から、前史時代からこれらのターニングポイントは重視されてきていたんですよ。
単に現代人が知らなかっただけ。
だから、ターニングポイント詐欺と並木さんを叩くスピリチュアリストもまた違うかな、と自分的には思っています。w
この夏越しの大祓えという行事は、今でも京都では重視されていて、下の写真のように、各神社には茅の輪という大きな輪っかが作られます。
そして、明日6月30日は、主要神社で一斉に夏越しの大祓えの神事が行われるんですね。その年の、京都のエネルギー転換のポイントですから、各神社が京都市内に集められた紙の人形に込められた重たい波動を水に流してエネルギー浄化して軽くしながら、儀礼によってその切り替わりの時間、京都を大切に護るんです。
これは貴船神社のものですが、ここだけでなく、基本的に、京都中の神社という神社に備え付けられていますよ。
そして、この茅の輪のくぐり方の作法が、真ん中から入って、左回り、そして中央からまた入って右回り、とメビウスの輪を描きながら2回転、3回転するようにくぐる作法があるんです。場合によっては、「....寿命が1000年のぶるなり...」といった唱え文句をしながら、という指定もあります。
単なるわっかくぐりと思うなかれ。w
茅の輪の向こう側には違う次元世界が広がっています。
イメージ的に言えば、ドラえもんののび太の机の引き出し。開くと違う次元が広がってるじゃないですか。w
茅の輪がのび太の机の引き出し、だとおもってください。
そんな感じ。
だから向こう側に景色は見えるけれども、その輪を潜った時点で、もうあなたはそれまでの次元にはいないということです。
並木さんの統合も、本当は統合した瞬間、人間が一刹那にひとつ、実際には宇宙空間に無限に広がる絵を何枚も飛んでいるのだけど、飛ぶ距離が極端にデカくないので、次元が変わったことになかなか気がつかない、と、語っているように、(※しかし、これはインド聖者も同じことを言ってましたし、密教もそうなんだけどね。)統合ワークでなくても、神社の結界の茅の輪をくぐりながら、自分たちは、実は未来に出くわす事象の次元を変えているわけですよ!
でも、残念ながら、そんな大チャンス!とは普通の人は知りませんので、せっかく最強のパワースポット貴船神社に来ているというのに、真面目にくぐっている参拝者は、ほんのわずかでございました。
あらあらあら....。もったいのうございます。w
儀礼を伝承してきた人たちであっても、そこまでの深さでこの行事をとらえていないまま、神事を維持している神職さんも多いでしょう。しかし、世界各地の文化やユーラシア大陸の発想から、この行事を見てみると、古代からこういうことをえんえんとやってきた日本って、スピリチュアルをよく理解していたし、本当に古い国なんだなぁと改めて思います。
そしてですね、今日、この記事を見つけたひとは、知れてラッキー??w
かもしれませんよ。
なぜなら、そのエネルギーの転換点は今年2024年は、今日、29日にくるからです!
今日が完全切り替わりの日なんです〜!!
方違えのような学問や奇門遁甲などをやっているとわかりますが、そういう世界では、一年のうち、いまが陽遁なのか、陰遁なのか、を重視します。陰陽が変わると、方位盤の見方もガラリと変わってしまったりするからですね。
そして、陽遁と陰遁の変わり目の切り替わり点は、夏至を挟んで甲子の日が最初にくる日とされてるんですね。甲子というのは、案外意味あります。
60干支の最初の干支が甲子で、還暦も60年一回りですので、この60サイクルでひとかたまりと考えると、新しいサイクルが始まる起点の力も同時に働いて、気の境がはっきりするので、陰陽の転換が際立つ日を手伝い、このように陽遁・陰遁の切り替わり日にされているわけです。
今日は甲子の日ですので、まさにその新しい隠遁の始まりの日!
生まれ変わった気分でスタートしてください!w
私も昨日、漫画家の友人と貴船神社で最後の日(癸亥の日)に参拝してきました。改めて、自分でも非常によい時を選んだと思います。そして、昨日は、その切り替わりが良いものになるように、不浄な重たい気の洗い流しのために、京都中に禊の大雨が降ったんですよね。w
すごい恩寵だと思いましたよ。
京都は神主さんたちの働きもあって、しっかり、御神霊に守られていると思います。
そして、陰陽の切り替わりで何が起こるかというと、陽は精神、陰は現実ですから、隠遁へ気の切り替わりが起こったことで、現象化がこれからどんどんすすんでいくわけですね。
ここから、目に見える形で今年の気の現象が表出していくということです。
ですから、今年の陽の時代最後の日の浄化の大雨は恩寵ですね。
転換エネルギーに乗るのに、自然界がどの人にも余分な重荷を落とさせてくれたわけですからね。
とくに、貴船は、京都盆地の北にあります。子の方角です。
始まりの水の気の根っこだから、気生根、気生子(きふね)ですね。
この始まりの起点貴船は、水神です。
あっ、貴船までいけなくても、貴船の下社にあたるのが上賀茂神社なので、そこでもいいですよ。そこも水神です。
水の浄化の力、そして水の生み出す力を存分にいただく場所です。
そして、物事の種を作り、スタートする場所です。
ですから、水神の御神水はぜひとも、飲んでください。
お電話で祈祷もしてくれるので、遠方の方はご利用されても良いでしょうね。
ここが貴船の御神水の場所で、お水取りはこのお水を頂きますが、波動が非常に高い水です。先日、早朝の禅寺で座禅している時に、今の時期、御神水(波動の高い水)を大事にしなさい、というメッセージが降りてきました。
体の中の水が、各社の御神水の高い波動によって、細胞に波及して整うので、その力を借りて、体調不良や不定愁訴を乗り越えるといい、という内容でした。
貴船の水の波動は、非常に自分に合っていたんですけど、改めて、スピリチュアル・ガイドからも念押しされたようです。
京都でおすすめなのは、あとは、松尾大社の御神水ですね。
ここの御神水も高い波動水なのは、京都の酒蔵の杜氏さんたちが経験上よく知り抜いています。杜氏さんだけではなく、発酵を要する草木染めの染色師さんや、みそ・醤油の職人さんたちは、発酵が生き物の力によってなされることをよく知っています。それをするかしないか、で結果が変わることを体験的に知っているんですよね。
このように、伏見を中心とした酒蔵の杜氏は、波動の高い水を自分たちの発酵のプロセスの中に少し加えることで、水の情報が変わり、理想的な発酵を促すことを知っているので、松尾大社から毎年お水をもってきて、自分たちの蔵の食品に加えてきたという歴史があるんですよ!
だから、松尾大社は、酒の神様として有名ですね。
しっかし、貴船神社の境内に、わざわざお水取りのボトルが五百円で売っていましたが、ほとんどの人はこのお水の価値を知りませんので、汲んでいる人がいませんでした。外国人ならもうしょうがないけど、今の日本人観光客は、すごいスポットに来ても、本当にみるところがどこなのか、どこらへんにどう価値があるのか知らないまま、目に見える形だけを見て、こんなもんかと、満足して帰っていくんですね....ああ、もったいない!
だからね、京都は、ちゃんとものを知っている京都人にきくか、個人ガイドさんを頼んだ方が良いですよ!ショートステイでも、京都の本当に美味しいところをあじわって帰れますから。w
子供の雨ガッパ借りてきて正解でした。私まるで中学生のようです。アハ。
貴船は、2回目ですが、以前、Jemmyさんは絶対参拝した方がいいですよ、と教えにきてくださった霊能のあるクライエントさんがいらっしゃったんですよ。行きますって言って、でも、いこうと思いながら、子供のトラブル続きもあり、隙間なくスケジュールがびっしりで、体調が不安定すぎて、なかなか行けずに1年が経ってしまいました。
だから、ようやく行けて本当によかった!!
教えてきてくれた農業をされているAさん、本当にありがとうございます!!
おかげさまで、ようやくスタート地点に立てたような気がします。
この場を借りてお礼申し上げます。
そしてですね、この貴船神社には、人生の舵取りの神様がいらっしゃるんですね。その神様とは、宇賀魂命、古伝では梶取大神と言われる神様です。玉依姫が今の奥社を探して、黄色い船で源流を遡ろうとしていた時、Y字になっている支流の川の行き先選択を大きく間違えそうになったんですが、そのときにこの神様が、手助けをして、玉依姫の船の向きを変えて貴船に到着させてくれたというお話が残っています。
そこで、こんな可愛いお守りが貴船神社で手に入ります。人生の舵とりをまちがえないように、舵取りのお守りです。
(貴船神社ウェブサイトより出典)
そして、思ったんです。
ああ、Aさんのスピリチュアルガイドは、だから、ぜひ行ってくださいって言ったんだね、って。Aさんは、私も理由はわからないけど、(ガイドが)貴船に行った方がいいっていうんです、っておっしゃっていました。
私も、貴船を重要だと思っていたけど、その理由まではそのときはわからなかった。
でも、わかりましたよ。この舵取りの神様に参拝する必要があったんですね。
だって、私は人生案内のインフォメーションセンターに勤めているようなもんですからね。(よく見ると似てますが、私、喪黒福造ではないですよ。w)
私のクライエントさんは、人生の岐路に立たされている人がいっぱいきます。そこで、あっちいったら、こう、そっちいったら、こうですよ、とクライエントさんに道案内するわけですから、人生ガイド業のまさにぴったりな神様じゃないですか!!私が解析を間違えないように、この舵取りの神様が手助けくださったら、万々歳じゃないですか。
ああ、やっぱり参拝すべきところだったんだ、と改めて感慨深いです。
Aさん越しに、そう伝えてくださったAさんのガイドさんのご配慮に感激しました。本当にありがとうございました。
そして、初回にぴかちゅうと参拝した時には、Aさんのアドバイスもあったしなぁと思って、30分の正式祈祷申し込んだんですけど、それもまた不思議。
その前までいろいろイガイガしていたのですが、祈祷後、なぜか理由なく晴れ晴れ、スッキリ。
あえて、気分の問題と馬鹿にされる恐れもあったので黙っていたら、ピカチュウの方から、「いままでのイライラ、鬱々としたなにかがいきなり晴れた!」と言ってきて、やはり驚いておりました。一緒だった。
貴船神社、水の浄化力がすごいですね。
水に流せないものが流せる?!
そして、最近溜まっていたものの原因と言えるものというと、
自分の内面的には、あまりにもモラルを外したスピリチュアル業界への嫌悪感が強くなりすぎて、なんかお客様層的には若干、近い領域とも言えるなかで仕事やってるこの仕事にも大きな迷いが湧き始めていたんですね。
意味わからないレベルで、超真面目にやっている自分の存在意義とは?必要とされてる?!みたいなところで迷い、さらに「半分詐欺師のこいつらと同じに見なされるのは、絶対嫌!!この先、同じことを同じ気持ちで続けられない。」という思いにも強く駆られ「もしかしたら、仕事辞めるかも。今後はもう知り合い紹介のみに絞る。」とぴかちゅうに呟いた時もありました。
でも、やっぱり舵取りの神様ですよね。正式祈祷の後、次の日、すぐに出会った方がいた。その方は、京都上京区で狩衣をもう100年以上取り扱ってきた、装束の専門店の3代目店主さんです。この吉田さんにお会いして、その生き方や秘めた信念をお聞きして、目がひらけた。そんな体験をしました。
そして、ああ、そうか。と、こういう人たちが京都にたくさんいるから、この街が好きなんだと改めて思ったんですよね。
そして、この価値を私も大切だと思うから、一緒に守りたい。そう思いました。しかし、私はよそ者です。京都人の代わりには、逆立ちしたってなれません。伝承の家に生まれる人たちは、小さい頃からの教育方法がまず違います。
む〜、自分の立場から、京都に何が貢献できるか。
そういうことを真剣に考えました。
そして、京都に住まうということは、前提条件として、吉田さんたちが一生懸命に守ろうとしている価値観軸を自分も一緒に背負うことなんだ、と痛感したんですね。(※あとで、娘に市民憲章にも書いてある。と指摘されました。京都で育つ子供たちは、公教育の中で、京都市民の心構えを教わるのだそうです。)
そうそう!
昨日、家に帰ってきたら、なんと、娘の担任の教師が鍵がなくて家に入ることのできない娘の事情を知って、もう勤務時間終わりなのに、わざわざバイク引いて、付き添いながら自宅マンションの玄関前に送り届けてくださっていたんですよ!!そして私たちがくるまで、担任の先生が娘にずっと付き添ってくださっていたんです。
宿題いっしょにやってましたw、なんて、笑顔でおっしゃって。
私たちは、びっくりしてしまったと同時に、子供をこんなに大切にしてくれる京都の公立の先生の暖かい人間性に、もうもう、強く感動してしまいました。
そもそも、今朝、娘がわがままで癇癪を起こして大騒ぎし、朝、雨降りの中、鍵をもっていきなさいといったのに、当てつけに家を飛び出して学校へ行ったところから始まります。
だから「自分で選択した結果は自分で引き受けるべし。」と私は、オロオロ、イライラするピカチュウを尻目に、天将星の娘を鍛えるべく、結果をしれ、と突き放していました。
で、実際、案の定、困って、娘は、学校で先生に相談した様子。
それで、先生がピカチュウに電話をいれてくれたので、「すみません、車で家に向かっていて、何時ごろにはつきますから」とは伝えたものの、先生がその後もフォローしてくれていたとは予想もしてなかったんです。
先生にもご家庭があって、まっている家族もあるのに娘を心配して付き添ってくれたということに、この仕事を自分の人生の道として真剣に取り組もうとする先生の仕事に対する真摯な姿勢や子どもを大切に思う気持ちみたいなものを強く感じました。
東京にいっぱいいる教師のように、もし給料のための仕事、家族食わせるために仕方なくやる仕事が教職だとしたら、こんなことまでやってくれません。
子供を一緒に育てていく親のパートナーとして、先生がいてくれることがわかって、思わず涙が出そうになりました。
教師が聖職だった時代の世界観が、まだ京都には残ってるなんて!
ああ、なんて街だ!!
と私たちは心の中で、声を上げてしまったのでした。
京都の元・平安京を含む周辺の町々は、区外の人たちがなんと言おうと、住んでいるひとの意識次元が違うんです。w
京都の当たり前は、東京では絶対にあり得ないこと!!
京都の中心は、どの立場でもどんな職業であっても、そこに真摯に向き合って、極めようとする人たちが圧倒的に多いんです。老若男女問わず、道を極める意思が京都の市民の生き方・人の取り扱いから感じられ、その思いに自分の中の不浄な心が洗われる思いになるんですよね。
そして、その京都市を支えるコアの部分に、祖先代々からの京都人がいる。そしてその京都人には、言葉、生活様式や価値観までも含むと、京都人が生まれながらに背負う「継承のさだめ」がある。
よそ者から見ても、これを日本の利益を考えて、この人たちだけが黙って、物理的な不足や損も含めて自分で身を切るようにして、守り切るには、実際問題、もはや限界があります。
これまで京都で出会った方々と、東京でであってきた凄まじい獣のような人間たちの差は、あまりに極端すぎて、だからこそなおさら、京都で自分の子供がどれだけの大人の温かい視点やサポートに育まれているか、非常に恩義にも感じますし、外側から私もこの街を守る手伝いをしたい、と強く思いました。
そして、伝承というのは、資料や情報を読んで知るのではなく、やはり、人から人へ生き様ごと、リアルで受け渡すことに意味があります。だから一子相伝と言えば、基本、実子が継ぐとか、丁稚のようなところから師匠と寝食共にしたような家族的なお弟子さんであることが多い。
でも、一人の京都人がどれだけ深く歴史的に価値のある伝統対象物を自分の中に蓄え一生かかって次に伝えようとしても、その数には限りがあります。
たとえば、講習会やって、十人に教えても、その情報や知識を活かしていく人は、一人か二人かもしれません。
そして伝える方も、もともとは伝統文化物の技術や歴史的な記憶についての伝承者・技術者であり、伝えることメインの伝達の専門家でもありません。
そして、環境的にも、数人の中にしか蓄えられていない伝承知識は、その職業に関わらないより多くの人も含めた記憶の中にできるだけ多く保持してもらうことによってしか、残りません。使われることによってしか、情報が残っていかない面もあります。今は寺社がつかうから、なんとか情報は生き延びている。
しかし寺社が必要とされなくなり、使う場所が消えたら、もうこれからの日本人は、日本人がなにに価値を置いて生きてきたのか、伝承物からまったく辿れなくなります。
今後、生活することで手一杯の貧民系や中国系移民が増え、日本人が混血してルーツが混じり合えば、余計そうなっていくでしょう。
装束店の吉田さんの話をきいて、その現実が目の前に迫ってきていることをリアルに感じました。吉田さん以外の京都の伝承者全員も、言っていたことは同じだからです。
自分はよそ者だけど、京都を京都たらしめている彼らの哲学や、損得感情以上に大事にしてきたものの価値がどれだけ大切で美しいかが、よく理解できます。
そして、私は寺社に隠された密教世界や陰陽五行・暦理解の方面から見て、京都の価値がよくわかります。今の実社会にそれがどう役立つのか、昔の人たちがどう考えたであろうかを、ある程度、察して語れます。
京都の伝統産業を取り巻く彼らが、日本人が必要な時のために、と祖先から言い渡され、色々あっても心に秘めながら、黙って守ってきたものがそのまま消滅してしまわないように、それを伝えるべき適切な人につなげられるし、もっとわかりやすい形で、彼らの真意を京都の内と外を、京都に住まうよそ者の立場で、意訳者のようにうまくつたえてくことができるんじゃないか、とも思いました。いい加減なスピリチュアルじゃなくて、本当にあったスピリチュアル。過去を繋げられるもともとの日本のスピリチュアル(精神世界)の価値観を。
このような気持ちに変わったのは、やっぱり、伝える、守るという意識の次元を、貴船神社に参拝したおかげで、これまでよりもぐっと引き上げてもらったからだと思います。
はっきり言わせてもらいます。占いやスピリチュアルの業界の人たちは、外側から京都にきて、そのコンセプトを上手に利用しながら、客寄せをし、ホテルを借り切り、高額なお金を集めて儲けては、消えるだけです。
その対象物・伝承物をスピリチュアル関係なく、身を切って、大事に守ってきた京都の人たちの心は関係なしにです。
晴明神社にしても、Youtube、みてくださいよ。
どれだけの霊能者なるものが、晴明神社を訪れて、霊視して、予言して、自分の商売につなげていますか?そして、それには過去とのつながりや根拠となるものがない。歴史的な背景や国の事情や晴明が打ち込んだものに対しての美学の説明ひとつない。
率直に言って、勝手に晴明公キャラを使って、視聴回数稼ぎ、セミナーやって、イメージで人集めして、金儲けしてるだけ。
金儲けした後、あなた方は、京都に何を還元しましたか。
国民全体に何を貢献しましたか?
私はそういう他県からのyoutuber霊能者たちに、そう言いたい。
そもそも、そんなレベルの霊能者がやれることなんて、たかが知れている。
って思うんです。
自分は、確かに見えない世界からメッセージを受け取ることがある。でもそういうやつらと一緒になりたくない。堕ちたくない。京都の人たちのこころを汚さないよう、やり方を変えたい。
それが、最近感じ始めた葛藤の中身でした。
京都の人たちは、安倍晴明のブームが来る前から、そういう史跡を損得関係なくずっと守り続けてきたんですよ。掃除をし、場を清め、儀礼を執り行ってきた。お金が国から出て守られる史跡なんて実際、そんなに多くなく、ただ保存指定されるだけだったりするところもあるんです。祖先が大事にしてきたから子孫も続けて大事にしてきたものばかりです。
京都の人たちは、世の中のながれを理解しつつも、本音では、CG映画で、和のお稽古すらしたことがないだろうイケメン俳優を使って、めちゃくちゃなハリウッド京都で馬鹿儲けしたいひとたちとそこに流されたファンやフワフワスピリチュアル日本人にむざむざ消費されたくて、身を切って大切にしてきた伝来のものを公開したわけじゃないです。
そんなファンタジーに戯れ、提供したものを意味のないものに消費するのではなくて、日本人である自分たちを真面目にもっと知ってください!
これが実質、本当に京都を支えている、裏京都にいるひとたちの心です。
そういうひとたちは一人や二人じゃありません。だから、私も彼らが守ってきたものを一緒に守ろう、少しでも彼らが楽になるようになにかしら背負おうと思うようになりました。
京都人の間口が狭いのは、汚してはいけない大事なものを守るためにです。
まず、その間口にあった人間になって、奥行きを楽しんでください。
そういうのが京都の心ですね。
本人に学ぶ気がなければ、奥行きを伝えたくてもなんのとっかかりもありません。それをまず京都の人たちは見るんです。
それは他県民がよくいう「京都の人は....」と決めつけて、人格否定するそれで片付けられるような浅いことではありません。たしかに荒んで悪口ばっかり言ってる京都出身者もいるにはいます。(あんまり会わないけど。)でもそれ以上に仲間思いで真面目で情が深い教養深い京都人は洛中に圧倒的に多いです。
京都人の人たちが、心の中で伝えたいと思っているのは、洛中以外への見下しとかプライド・マウントとかではなく、
日本人の皆さんは、自分中心の浅はかな意識や見方で、100年もののコケを踏み潰すような中国人のような人にならないでください、といってるのと同じことなんですね。それは、いけずでも高ビーなことでもなんでもないです。
要するに、京都を訪れる観光客の学びの意識の問題なんです。
そして、言えばいうほど誤解され封じ込められるからこそ、京都人はよその人に何も言いません。心の奥に秘めます。
よそ者だから、私は外の立場で外に語れる。
なんかそういうことをちゃんと言えるひとが京都にいないと、これは衰退の一途を辿ってしまうと本当に思いました。それは、タコが自分の足を食ってるのに気づかないのとおんなじことなんですよ。だから、外から手助けしたい。
陰陽道にしても、密教手法や修験道にしても、伝承されたものをきちんと語れるように、もうなんの得があるかなんて採算考えず守ってきた京都の人たちのように、きちんと京都の見えない世界の歴史や学問をこの先にも堂々と伝承できるように、生涯かけて、しっかりとしたことを専門から学び続けようと思いました。
学問としっかり紐づいた易教卜占の世界も含めて。
私たち家族を、人であるが故にひととして大事にしてくれた京都になにかお返しがしたい、本当にそう思います。そしてこれからも、日本のこころを教えてもらいたいです。夏至を超えて、転換したのは、そういう価値観かなぁ。
でも、京都のひとたちのように、焦らずじっくり行こうと思っています。