満たされない心の正体

満たされない心の正体

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コラム
私は常々資本主義経済はもう幕引きすべきと思っている。
だが共産主義・社会主義を支持するわけでもない。
新しい主義というか生きるための指針が出てこないかと心待ちにしている。

私たちは資本主義に振り回されてきた。
お金に振り回されていたと思っていたのだが、最近は物に振り回されていたのではと思っている。

もちろんお金があるから物を買える、お金がないから物を買えないから資本ありきなのだけど、
本当に欲しいものはお金ではなく、体験や物。
なぜ体験や物が欲しいかと言うともっと心を満たしたいためだ。

現代の私たちは飢えに苦しむことはない。

だが私たちの心は常に飢餓感に支配されている。

物にあふれ不要なものまで買い、捨てるを繰り返す。
それは自分の心を満たせていないためだろう。

以前、寿司屋に行ったときに恰幅のいい大将が常連に話していた。

いやぁ、医者には食べ物気をつけろって言われてるんですけどね、どうも変えらんない。
スクーターで店に着いたときに飲むコーラが辞めらんなくてね。
でも、ゼロコーラじゃなく普通のコーラにしてるんですよ。
甘いものを脳が欲してるのに人工甘味料でだますと、その後取った糖分を通常よりもたくさん吸収するんですって。
だから普通のコーラにしてるんですけど、それはそれで痩せらんない。ガハハ。

この大将の場合は生活習慣を変える必要があるが、本当に欲しいのは糖分なのに人工甘味料で脳をだますことで、その後摂取する糖分の吸収率が上がるというのは、なんだか現代の、常に何かを欲しがってる私たちの生活に似ていないだろうか。

あの飲食店が流行ってるらしいよ、友達はたくさん洋服持ってて羨ましい、ゲーム機がないと仲間外れにされるからゲーム機が欲しい。
それを満たしても、もっともっと、足りないとなる。

だって、それは自分自身が欲しているものではないから。

本当に欲しているのは、例えば昆虫図鑑や虫取りなのに、そんなの女の子らしくないからと流行りのファッションに身を包む。
どんなに可愛く着飾って流行りのお店でご飯を食べても、本当に欲しいのは昆虫図鑑と虫取りだから心は満たされずもっともっとと服を買い漁ることになる。

ゲーム機が欲しいのではなく、仲のいい友達が欲しいだけだからせっかく親に買ってもらっても途中で飽きてしまい、高かったのにと親に文句を言われる。

物というのは、分かりやすい幸せのバロメータとなっているので、あの人が持っているあれを手に入れたら幸せになれると勘違いしてしましがちだが、
本当に大事なのは物そのものではなく、欲しいと思った感情そのものなのだ。

自分で感情の飢餓感をコントロールできなければいつまでたっても物を買い満たされない日々を送ることになるだろう。
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