野良犬ー月の酔う夜ー

記事
小説
めずらしいな、お前がそんな顔してるのは。

何度目だろう?

口を開きかけて、
でも結局出るのはため息で、
またグラスを口元に持っていく。

何度目のときだったろう?

お前から話すまで、俺からは聞かないって決めたよ。

どこにでもあるチェーンの安い居酒屋。
お前と飲むときは大抵こういうところ。
どうせ飲み潰れるんだから、安い方がいいだろって。
いつも馬鹿話しで笑わせてくれる。

好きな子に振られた話し、
会社でやらかした話し、
酔っ払って立ちションしておまわりさんに注意された話し。
いつも懐かしい話で盛り上がる。

そんなお前が黙ってるんだから、よっぽどのことなんだろう。

オッケー、今日はとことんまで付き合うぜ。
今日はとことん馬鹿な話しを俺がしてやる。

やらかした馬鹿話を続けてると、
お前はだんだん苦笑いから、
少しずつ声を出して笑い出す。

それが嬉しくて、
俺は恥ずかしさも忘れて
必死で自虐ネタを思い起こす。

俺の話が尽きることを分かったのか、
お前は
「もう一軒行くか?」
と席を立つ。

人知れず悲しみ抱いた
眠らない都会の夜。

次の店に向かう途中、
足元に転がってる空き缶を踏み潰し、
お前は
「雀の涙ほどやる気が湧いてきた」
って。

「ありがとう」ってニヤリと微笑んで
その空き缶を蹴飛ばした。

遠くで野良犬が吠えている。

俺たちはその野良犬と変わらない。
ここにいるんだよと吠えながら、
誰に向けて吠えているのか、
何のために吠えているのかわからない。

でも負け犬じゃないんだ。
俺もお前も負け犬じゃないよ。

今はまだ届かない叫びでも、
吠えなかったら誰にも届かないから。

きっと俺たちの存在を見つけてくれる
誰かに出会えるはずだから。

少なくとも
俺はお前の声にならない声を
分かってるつもりだよ。

次の店で吠えるお前を想像して、
俺はニヤリと笑っていた。

そう、負け犬なんかじゃない。

悪いことだらけじゃない。

明日は明日の風が吹く。

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す