【一人起業体験談】僕が「お金・時間・心のゆとり」にこだわるわけ①

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ビジネス・マーケティング
週7で働き詰め、疲弊して挫折。
お世話になった個人起業家のお二人が若くして天国へ旅立ち、
悔いなく生きると決めました。

戦略と仕組みで叶える
自由と余裕の一人経営コンサルタント、瞬です。
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家庭の事情も後押しし、24歳で起業、25歳で法人化、一人経営歴13年です。

「時間の自由と余裕はあるけど、お金はカツカツ」
「収入は増えたけど、常に多忙で休めず心も限界」
ではなく、
自由と余裕に満ちた、本当に幸せな個人起業家の方が増えるよう、活動しています^^

あなたも、
「自由と余裕の一人経営」
「お金・時間・心のゆとりを満喫する生き方」
をしていきませんか?

今日はさらに詳しい自己紹介も兼ねて、
僕がなぜ「自由と余裕の一人経営」にこだわるのか、
お話させてください^^

起業して軌道に乗せて、挫折して、
現在の生き方に至るまでのストーリーも、
今回と次回でお届けします。

自由と余裕の一人経営までの道のり

■10歳、母子家庭

僕は福島県の田舎で、10歳から母子家庭で育ちました。

両親は、母20歳・父21歳で結婚し、翌年僕が生まれました。

両親は田舎の高卒で、父は普通のサラリーマンでした。

仕事は真面目でしたが、家庭で見せる面はとんでもなく、
浮気・借金・ギャンブルを繰り返し、時にはDV…という記憶があります。

父のこと、お金のことで、母はものすごく苦労していました。

10歳の時に両親が離婚。
それから母は、血の滲むような苦労と努力をして、女手一つで僕と弟を育ててくれました。

高卒女性、一般事務の母の給料は10万円台で、年収200万円弱でした。
母は自分の欲しい物などはすべて我慢し、学校で必要な物などは揃えてくれて、誕生日プレゼントも買ってくれました。

子供たちに恥ずかしい思いをさせないという強い想いで、何不自由のない暮らしをさせてくれました。
最低限必要な自分の洋服ですら買うのを躊躇するほど切り詰めて、なんとかやりくりしていました。

母には本当に感謝しています。

僕が起業した1つ目の動機は、圧倒的に親孝行したいからです。

子供の時、「早く母を楽させたい」と思っていました。
まだまだ恩を返しきれていないので、一生かけて親孝行し続けます。

父に甲斐性もなかったのと、10歳で離婚したので、持ち家の実家はありません。
福島県の田舎では、幼少期からずっと県営団地に住んでいました。

■18歳、起業を目指す

母のおかげで、母子家庭で恥ずかしい思いをしたということは全く記憶にありません。
しかし、決して裕福ではありませんでした。

「お小遣いで欲しい物が買えていいなぁ」と周りの同級生を羨ましく思ったことはあります。

✅安定的に高収入を得て、母を早く楽させたい
✅人の役に立ちたい、苦しむ人に寄り添って救える人になりたい
✅独立開業して自分の裁量で、定年なくずっと働ける職業がいい

など踏まえつつ、将来どうしようか考えていました。

紆余曲折を経て、18歳の頃から「起業」を目指し始めます。
経営工学主専攻コースのある、筑波大学理工学群社会工学類に進学しました。
しかし入ってみたら、「大学は起業や経営の実践的なことを学べるわけではない」ということを実感。

学費を稼ぐためと起業準備のつもりで、様々な業界のアルバイトを掛け持ちして経験しました。
並行して、ビジネス書や自己啓発書を読み漁ったり、起業アイデアや計画をノートに書き溜めたりしていました。

色々と情報収集した結果、当時は、自営業として一人でお金を稼ぎ生き残っていくためには、「営業力」と「技術力」が必要という考えに至ります。

それから、大学を休学して、営業力を鍛えるために飛び込み営業や販売職として働きました。
その傍らで、夜間や休日にWebデザイナースクールに通い、Web制作知識やスキルを身につけました。

■24歳、起業→25歳、月100万円超え

営業・販売の仕事を3年近く経験して、24歳で起業。

初受注は、3ページのWebサイト制作、一式8万円ほどでした。

実際に仕事を始めてみると、スクールで学んだだけでは、実践的な知識やスキルが圧倒的に不足していると痛感。
営業活動はやめずに、実際の案件に携わりながら学び続け、スキルを磨いていきました。

起業の1年後、25歳の時に、2か月連続で月商100万円を超えました。
またこの時、零細弱小にもかかわらず、上場企業とのお取引のご縁があり、速攻で法人を設立しました。

企業向けに、一式30万円~50万円のWebサイト制作サービスを提案していたことが、月100万円を突破できた大きな要因です。
数千円~数万円のサービスしかなかったら、月100万円を超えるまでにさらに時間がかかったと思います。

25歳で目標売上を突破できたことは良かったのですが、僕はある失敗をします。
それまで手にしたことのないお金がぞくぞくと入金されて、預金残高がみるみる増えたことで、ちょっと余裕をこいてしまいました。

この時に、Webデザイナースクールや書籍など、学生時代に自己投資のためにしていた借金を一気に返済。
そうして手元のお金を減らしたタイミングで、売上の方も激減し、焦ることになります。

手元のお金の余裕は保っておいた方が良い、ということを身をもって学びました。
たまたま2か月連続で月100万円を超えたものの、売上は安定していなかったんです。
そもそも、売上が安定する戦略も仕組みも確立できていませんでした。

■26歳、高単価単発×低単価月額で右肩上がり

Webサイト制作というお仕事は、比較的まとまった売上になります。
しかし、単発の制作案件だけでは、売上が不安定でした。

売上を安定させるため、その頃、月額制のサービスを始めました。
「SEO集客・ウェブ解析サポート」です。

一般社団法人ウェブ解析士協会(WACA)の講座を受けて、ウェブ解析士の資格を取りました。
その当時「これは活かせる」と思ったので、さらにお金をかけて、上級ウェブ解析士の資格も取りました。

「上級ウェブ解析士」と名刺に追記して営業活動をしたところ、さらに受注しやすくなりました。

国家資格でも何でもない民間資格でも、売上アップに結び付きます。
あれもこれも資格を取ればいいというわけではないですが、戦略的に資格取得することはおすすめです。

高単価単発×低単価月額のサービスを用意して、品質を磨きながら営業や集客を続けたことで、

25歳 年商830万円
 ↓
26歳 年商900万円
 ↓
27歳 年商1300万円
 ↓
28歳 年商1600万円
 ↓
29歳 年商2100万円

と右肩上がりで、年々売上と粗利益が伸びていきました。

最近は、20代で起業して短期間で年商億超えする一人起業家の方もたくさんいますよね。
その点、僕の経歴は地味かもしれません。

しかし、戦略や仕組みが確立できていない中、手探りで走り続けてきた結果として、僕の中では一つの成功体験になっています^^

一応、決算書の画像を貼っておきますね。

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後編へ続く:疲弊、挫折、変革へ

ここまでは、24歳で起業して、収入も右肩上がりになり、まあまあよく頑張っているほうだと思っていました。

でも、違ったんです…。

長くなりましたので、続きはまた次回アップさせてください。

僕の生い立ちや、24歳で起業してから現在までの道のり、リアルな一人起業体験談。
それらが伝わり、何かしら少しでも参考になったり、刺激になったりしたら嬉しいです。

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