天職  ~与えられる?見つける?それとも・・・~

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 好きな料理に携わり、収入も得て、日々の生活を送ることができる、現在の私の肩書は調理師ということになるのでしょうか。会社勤めの調理師なのでちょっとしたノルマを課せられたり、膨大煩雑な作業に悩まされたり、社会人なりの苦労はありますが、調理の作業は楽しいですし、食材に合わせての調理法や段取りを考え、実際に料理として完成すると、それなりの達成感もあります。新鮮で今まで手にしたことのない食材を扱ったり、経験のない調理法を試したりするときの嬉しさや緊張感はしばしば感じますし、調理技術の本を読んだりするのも楽しいものです。こう考えると調理師という職業は、私と相性が良いようです。飽きることはないし、この職業に携わっている限り、調理師としての完成形を見ることはないだろう、ずっと勉強し続けなければそこで進歩は止まってしまうから、と素直に思えるのです。


 調理師免許取得の前に検討したオートバイ整備士という職業に就いていたら、と考えることも、調理師として仕事を始めた数年間は、たまにありました。まだ調理師としてやっていけるかどうかも分からず、憧れの職業としてうらやんでいたのかもしれません。ただ実際に整備士を生業にした場合、整備技術の取得もそうですが、それに付帯する業務、職場の人間関係、整備士を自分の肩書にするには課題が山積。気が遠くなる毎日を送らなければならなかったことでしょう。調理師の仕事も素人同然でしたが、同じく素人同然の整備士の道も「究めてやろう」と前向きに考えることは、なぜかありませんでした。
 それに決定的だったのは父からかけられたある一言でした。いつもの休日、オートバイの簡単な整備を行っていました。そこで六角レンチを使い、ボルトを緩める作業をしていた私の手際を見ていた父が「あんた、工具の扱いが下手だなぁ」と。結構、熱中していたし、自信も多少あったことだっだので、冷や水を浴びせられたことに、普段なら不愉快な表情を投げかけているところですが、その時はなぜか納得してしまい、苦笑いをするしかありませんでした。自分でも機械を相手の作業が苦手だということが、うすうす分かっていたのかもしれません。それ以降もオートバイとの付き合いは続いたのですが、職業としてオートバイと関わろう、という気持ちにはなれなくなりました。

 調理師と整備士、どちらも興味のあることに変わりはありませんし、好奇心を満たそうという熱意も同じくらいあったと思います。ただ職業としてその分野の専門家になろうとした際、相性の良さを潜在的に気づいていたことで、その職業を選んだのかもしれません。また社会人として、自分の仕事を認めてもらう=収入を得る手段になるのは、調理のほうだ、という予感があったのかもしれません。それは仕事というものが、好きなことだけ追求すればよい、という性格のものではなく、社会に認められる結果を残さなければならないからです。それは社会で生き残る条件になるし、それなら可能性の高いほうに進もうという選択になります。そして私は調理師を職業として選ぶことにしました。

 天職、という言葉があります。
(天から授けられた仕事の意)自分の気質・能力にふさわしいものとして、その人が生きがいとしている職業       新明解国語辞典より

 今の調理の仕事が、私にとっての天職かどうかはわかりません。生きがいという表現が当てはまらないと思うからで、「適職」という表現のほうがしっくりきます。「天から授けられたもの」という意味では「気質・能力にふさわしい」職業に就いているという実感はあります。
 まだ社会人経験の浅い頃は「天職」という言葉に憧れ、すべての面で自分に合致した職業がどこかにあるはずだ、とハローワークに通ったり、求人情報誌を読み漁ったりしていましたが、そんな手近な手段では見つからず、方向性が違っていたことにも気づかず、悶々としていたものでした。それらは仕事に就くきっかけを与えてくれますが、あとは本人が実際に仕事に就き、自分との相性、適性を感じ、取捨選択をし、その仕事を続けていくことができるかを見極めていく必要があります。それは「仕事」という種を手に入れ、毎日の生活の中で育て、ある時は合わないと手放したり、誰かに譲られたり、無理やり押し付けられたものを不承不承手元に置いたり。そうして自分が仕事と向き合い、「天職」としての可能性の芽が出てきたものを大事に育てていく。それが天職にたどり着く過程ではないか、と思います。「天」が与える「職」業としてある日突然ポンと贈られるものではないと思います。天職と実感するまでに早い遅い、気づく気づかないと個人差が出てくると思いますが、だいたいはその人にあった道筋はつけられてるはずです。その人に合った手段方法でたどり着けるように。私も今、その過程にいるのかもしれません。

 自分の好きなことを自分の職業にしようと思い立ってこの仕事を始めましたが、これが正解だったかどうかはまだ分かりません。理想形がまだ見えず、ただただ、ないものねだりなだけなのかもしれません。それでもこの職業で社会人として生計を立てることができ、その上でいろいろ迷ったり、悩んだりできる環境が与えられるのは幸運なことだとは思います。この先も「天」のような計り知れない何者かに案内されながら、自分のたどり着く先を楽しみに、続けていきたいと思います。


 *冒頭の写真  右から2枚目。ペンタクル8。左隣のペンタクル7は前回紹介しました。7とは違い、8は職人がペンタクル(金貨)を一心に彫りつづける場面が描かれています。この職人は修業中で、その金貨の形状もまちまちだ、という解釈をする方もいます。私もこのカードを見るたび、社会人が仕事に没頭している姿を思い浮かべます。仕事には縁の深いカードだと言えます。その右隣はカップ10。個人的にとても好きなカードで、彼方には虹が輝き、子供たちは無邪気に手を取り合って踊る。その光景を見る二人の男女は、この世界の幸せを実感する、といった素晴らしい光景です。このカードが結末となるような素敵な人生が送れるといいですね。
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