「第三次大戦の可能性」

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 このところ、バイデンの口吻には度を越したものが多くなっている。このことと第三次大戦の可能性については関係があるので今回これについて歴史的視点で若干の考察をしておきたい。
 バイデンの口吻はメディアによるロシアの凄惨な残虐行為と連動しており、こういうものには戦時にあるプロパガンダの匂いが芬々とする。事実、70年も80年も経た後の近時に至って、第二次大戦時の戦争に至った重要な原因がプロパガンダによるものだったとわかってきていることを見てもこの種のメディアの報道にはくれぐれも用心した上で、直接戦争の主体となる可能性のある政治家、バイデンの発言を吟味していく必要がある。私が感じるのは、まさに日本をして戦争の已む無きに追い込んだフランクリンルーズベルトとバイデンの口吻がそっくりだということである。
 そもそもということで述べると、最近の研究では第二次大戦があのような形で拡大止むなきに至ったのは、ポーランド問題だった。旧プロシア領のダンツィッヒに関するヒトラードイツの要求をポーランドが強硬に拒絶し、英仏がそれに同調し妥協の成立ないまま、ドイツのポーランド侵攻が始まり、最悪だったのは自国の死活的問題でないのに英仏がそれに対して宣戦布告してしまったことである。それによって欧州大戦化し、米国の参戦の余儀ない状況が作られていくのである。
 この英仏の判断の誤りがなければ、第二次大戦はせいぜい独ソ戦止まりだったはずであろうとの多数専門化の意見には説得力がある。それにしてもどうだろう、ついに第二次大戦前と同じレンドリース法なる武器貸与法が成立して援助を始めたウクライナの状況にいかにも類似しているのではないだろうか。第一次大戦にも類似のケースが見て取れる当たり、かなり注意を必要とする地政学的戦争学的事項だろうことは間違いない。一昨年、バイデンが当選したとき、リベラル一辺倒の単細胞で非常に危なくなるんじゃないか、と恐れに似た気持ちで心から震えたが、まさに今、想像した通りの状況になっている。私がトランプの方が遥かに安心だと思たのは、帝国主義的な壮大なことを言わずにアメリカファーストと言い続けていたことで、冷戦後幻想のように人々の心の中に起きた平和主義、グローバリズム或いはリベラル主義という名の帝国主義からしっかりと距離を置いていたからである。
 さていったんここで落ち着いて見たとき、米国にとってこの状況から第三次大戦になることの是非であるが、これはあまりにも明確であると言わざるを得ない。米国の盛衰を歴史的視点で見たとき、第一次大戦、第二次大戦のときは戦争による米国の覇権の獲得と伸長の時代であったが、今現在の状況はおそらく衰退を加速する事態になる可能性が高いからである。米国のインテリジェンスはおそらくそういうことを回避するであろうと期待しているのだが、気がかりは、これも第二次大戦の時もコミンテルン、チナミンテルンの謀略工作が各所で暗躍をしたように今回も特にChinaの裏社会での工作である。間違いないのはこの機会にロシアへ世界の目を向けて、China自国への政治的経済的圧力を軽減しようといることであり、さらには米国の力を削ぐ工作をするモチベーションは最も高い国であることである。そういう意味で最も注意すべきはChinaであり、日本にとっては尖閣、台湾さらに沖縄を狙う、まごう事なき仮想敵国でゆめゆめ備えをおろそかにしてはならないし、この機会こそ安全保障体制を再構築する絶好のチャンスと捉えなければならない。そのようなリスクはあげられるものの、日米が基本のスタンスを維持し、ヨーロッパも熱狂が支配するということにはならないという前提で第三次大戦へには向かわないだろうと期待してもいいのではないかとは思っている。
 以上のような認識ではあるが、今後の情勢の変化を子細に用心深くしっかりと捉えていく必要のある重大な局面を迎えているようである。日本にとって正念場と言えるかと思う。腰を落ち着けてしっかりした大局着眼を維持しながら細心の注意を怠らない、これしかないのだろう。
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