「祈りの力」というキーワード、最近よく目にします。
気休め、神頼みという感覚でしかなかったけれど、もしかしたら、「祈り」とは別の意味合いがあるのではないだろうか?と先日洗濯をしていた思ったのです。
数年前から、私は洗濯機に洗濯物をぶっこんで、スイッチオン!する前に「今日もよろしくお願いします」と洗濯機に手を合わせているんです。
きっかけは、先代の洗濯機です。
引っ越しした時に持ち込んだのですが、多分、その際の振動が良くなかったのか、引っ越ししてから調子が悪かった。
時々、突然洗濯機が動かないという症状が出始めました。
そんなに年数経ってないのに・・・今、洗濯機まで買えないよ!ということで、騙しだまし使っていたんです。
「今日は機嫌よく動いてくださいねー」という感じで、お祈りしてからスイッチオン!という習慣がついてしまったのです。
その後、洗濯機が本格的に動かなくなり、新しいのを買った後でもなぜかその習慣を続けています。
先日、私はいつものように洗濯物をぶち込んで、「洗濯お願いしますねー」と手を合わせてお祈りしました。
そして、スイッチオン!する直前に「!!」と気づきました。
洗剤と柔軟剤、入れるの忘れってたー♡
いやぁ、よかった、スイッチオンする前に気づいてよかったーと思ったんですけど、その時に思いました。
もし、お祈りしていなかったら、いつものルーティンでそのままピピっとスタートボタンを押してしまっていたのではないだろうか?
「お祈りをする」とワンテンポがあったおかげで、気づけたのではなかっただろうか。
無意識にいつもの動作をしてしまう時、人はどうしてもミスを犯してしまう。
お湯を沸かして、そのままガスコンロを消すの忘れてたとか、外出する時にカギをかけ忘れているとか。
ATMでカードちゃんとお財布に戻したっけ?郵便出すときに相手の宛名書いたっけとか。
ふと気づいた時に「あれ?私、火を消したっけ」とか「カギ閉めてきたっけ?」とぞくっとすることありませんか?メッセージ送る時に宛先確認せず誤爆しちゃってた!なんてことも日常的にありますよねー。
いつもやっていることだから、体が慣れており、わざわざ確認するということをしなくなっている。
そして、無意識で行われるため、後から思い出そうとしても、思い出せない。やった記憶もなければ、やっていない記憶もないのです。
それだけ、私たちは日々のルーティンの中で「無意識にやっている」。体の全自動機能に頼りすぎているのではないか・・・?
そして、その中でワンテンポおいて「祈る」という動作、作業をはさむことで、その無意識が意識に変わり、今回のように洗剤と柔軟剤を無事にセットしてからスタートボタンを押すことができたわけです。
洗濯程度のことなら別に大したことはないでしょう。
もう一度洗いなおせばいいだけの話ですから。
だけど、もしこれが人に迷惑をかけてしまうことだったら?
命にかかわるような状況だったら?
些細なことで、大惨事になってしまうことだってあります。
四月、新しいスタートの皆さんも多いかと思います。色々慌ただしい時期ですよね。
心ここにあらず、いつものルーティンを無意識にやってしまいがち。
そういう時は、ワンテンポ「お祈り」という行動を合間に挟んでみてくださいね♡
不思議と、お祈りをすることで、洗濯機に対して愛着が生まれます。
洗濯機の買い替えで、調子が悪くなった洗濯機を引き取ってもらう時、私はちょっと泣きそうになりましたもん。トラックに載せられていった洗濯機を、寂しい気持ちで見送った記憶があります。
今年はあちこちで災害が立てつづいています。事件や事故も多いです。
被害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。
そして、一日も早い回復を祈っています。
みなさんが「私が私でよかった」と思えますように。