― 第二話:言葉 ―
浅間温泉での生活の中で、
特攻隊員たちと、疎開してきた子どもたちとの間には、
日ごとに、自然な交流が生まれていきました。
一緒に遊び、
言葉を交わし、
その時間は、戦時下であることを忘れてしまうほど、
穏やかなものでした。
今野勝郎さんもまた、
子どもたちの中にいた田中幸子さんと言葉を交わす機会がありました。
あるとき――
二人で話をしていた際に、
勝郎さんは、こう口にしたといいます。
「帰ったら、
僕のお嫁さんになってもらおうかな。」
それは、何気ない言葉のようでありながら、
出撃を目前に控えた
一人の青年の本心がにじむ言葉でもありました。
この言葉を、幸子さんがどのように受け止めたのか。
そのときの表情や空気は、
今となっては記録に残されていません。
しかし、この短い会話が、
後の長い年月の中で、消えることなく残り続けたことは、
確かな事実です。
やがて、浅間温泉での時間は終わりを迎えます。
隊員たちはその地を離れ、
特攻出撃へと向かっていきました。
それから間もなく――
勝郎さんは、子どもたちに宛てて手紙を送っています。
「この手紙が君たちに届く頃には、
自分たちはこの世にはおりません。
中略
にっこり笑って死んで行きますよ、後の世を頼みます。」
その言葉には、未来を託すような想いと、
すでに覚悟を決めた心境が込められていたと考えられます。
そして昭和二十年三月二十七日。
沖縄・慶良間諸島沖にて、
今野勝郎さんは特攻として出撃。
米戦艦に体当たりして戦死しました。
享年20歳
浅間温泉での出会いから、
それほど長い時間が経たないうちのことでした。
あのとき交わされた言葉は、果たされることのないまま、
時の中へと残されることになります。
(つづく)