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時を越えて、あなたに会いに

― 最終話:語り継がれるもの ―宮城での出来事は、やがて、地元の新聞に取り上げられることとなりました。さらにその後、テレビ番組「奇跡体験!アンビリバボー」でも紹介され、この出来事は、多くの人々に知られることとなります。浅間温泉での出会い。交わされた言葉。果たされることのなかった約束。そして、長い年月を経て実現した再会。それは、ひとつの出来事としてだけではなく、時代を越えて、人の心に残る物語として、受け取られていきました。戦争という現実の中で生まれた出会い。限られた時間の中で交わされた言葉。そして、それを忘れることなく、生き続けた一人の人生。田中幸子さんが歩んできた時間は、過去と現在を結び、この物語を現実のものとして私たちの前に残してくださいました。浅間温泉で始まった一つのご縁は、長い年月を経て、確かに、もう一度結ばれることとなったのです。この出来事は、特別な誰かのものではなく、誰の人生にも起こりうる「ご縁」の在り方を、静かに問いかけているのかもしれません。時を越えて、人の想いは、消えることなく残り続ける――そのことを、この物語は静かに伝えています。
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ホタル帰る

太平洋戦争時代にあった本当の話です。鹿児島県知覧町に、戦闘機の飛行兵を養成する基地があり、そこでは全国から集まる少年兵たちが、日夜過酷な訓練に明け暮れておりました。この町で、鳥浜トメという人が富屋食堂という名前の食堂を営んでおり、訓練の休日ともなると基地の少年兵たちが食事がてらしょっちゅう遊びにきておりました。彼らはこのトメに、郷里にいる母親の面影をダブらせるように、おばさん、おばさんと慕います。トメはトメで彼らが可愛くて仕方ない。トメには当時女学校に通う礼子という娘がいて、彼女の手記や証言をもとにしてこの本は書かれています。やがて戦局は悪化の一途をたどり、ついにここも特攻の基地となって、次々と少年兵たちが出撃して帰らぬ人となります。彼らは出撃が決まると、トメに別れの挨拶にやってきます。トメはかける言葉も見つからず、ただ涙ぐむしかありません。彼らは「僕たちが死んで日本を守るよ。」「日本はきっと良くなるよ。」という言葉を残して去っていきます。彼らのほとんどは、自分の犠牲が日本を救うと信じていたのです。まだ20歳になったかならないかの若者たちが、です。食堂の常連客に宮川三郎という軍曹がおり、彼も出撃前にトメにお別れにやってきます。ちょうど二十歳の誕生日でした。そして彼は「ほたるとなって帰ってくるから、みんなで同期の桜を歌ってほしい。」と言って去っていきます。翌朝彼は基地を飛び立ち、沖縄の海に散っていきますが、その夜 彼の言葉通り、食堂に大きな源氏ボタルが入ってくるのです。居合わせた隊員たちはみんなで肩を組み、泣きながら同期の桜を歌ってこのホタルを迎えます。映画にもあったように、この
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時を越えて、あなたに会いに

― 第三話:残されたもの ―昭和二十年三月二十七日。沖縄・慶良間諸島沖にて、今野勝郎さんは、特攻として出撃し、その命を落としました。享年二十。あまりにも短い生涯でした。浅間温泉での時間から、それほど年月が経たない中での出来事でした。子どもたちと過ごした日々。言葉を交わしたひととき。それらは、そのまま過去の出来事として、静かに時の中へと沈んでいきます。戦後――人々はそれぞれの生活へ戻り、新しい時代を生きていくことになります。田中幸子さんもまた、疎開先から戻り、その後の人生を歩まれていきました。結婚し、家庭を築き、日々の暮らしの中で、戦時中の記憶は、少しずつ奥へとしまわれていきます。けれど――完全に消えることはありませんでした。浅間温泉で出会った人。交わした言葉。そして、果たされることのなかった約束。それらは、はっきりと形を持つものではなくても、確かに、心のどこかに残り続けていたのです。長い年月の中で、その記憶は、語られることも少なくなり、周囲からは見えないものとなっていきます。しかし、消えたわけではありませんでした。ただ、静かにそこに在り続けていたのです。やがて――幸子さんの人生に、大きな節目が訪れます。ご主人との永遠の別れ。長く共に歩んできた時間に、区切りがついたそのとき、心の奥にあった記憶が、再び、ゆっくりと動き始めます。それは、過去を懐かしむというだけではなく、「もう一度、確かめたい」という想いへと変わっていきました。そしてその想いが、やがて、ひとつの行動へとつながっていきます。鹿児島・知覧へ――特攻隊員たちの記憶が残る場所へと。(つづく)
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21歳の特攻隊兵士が、後輩兵士に残した【深すぎる最期の質問】

YouTubeのショートリールを閲覧していた時に、このショートリールを見つけました。余りに切なく、やるせなく、きっと学徒動員で招集された優秀な学生さんだったのでしょう。こういう方々が、祖国日本のために散っていったのですね・・・:(˘•̥ㅁ•̥˘ ):【21歳の特攻隊兵士が、後輩兵士に残した深すぎる最期の質問】なぁ、お前たち知っているか牛や馬は「1頭」鳥は「1羽」、魚は「1尾」 と、こう数えるなぜか、わかるか?実は、動物の数えかたはな、死んだ後に、何が残るか、で決まるんだじゃあ、ここで一つ聞きたいおれ達、人間はどうだ?「1名」そう、名前だ俺たち人間は、死んでも名前が残るんだお前たちは、自分の大事な名に恥じない生き方が、できているか?たった一度きりの人生後悔せぬよう、意識すべきことは「能力」ではなく「生き方」で読むべきものは、「空気」でも「本」でもない「自分の心」だ明日、人生が終わると思って、生きなさい永遠に、生きると思って、学びなさいじゃあ、元気に征きます当時の特攻隊員として、祖国日本のために、若き命を捧げた青年達を現代に蘇らせたような上記の動画を目にした時に、万感胸に迫り、涙が止まりませんでした。・゚゚*(>д<)*゚゚・。 自分の恋人だったら・・・息子だったら・・・と、思うと、胸が張り裂けそうでした。この若き英霊たちの犠牲の上に、今の、この日本の平和があることを決して忘れてはならない、無駄にしてはならないと感慨深く思った次第です。         ✼••┈┈┈┈••✼✼••┈┈┈••✼   最後まで、お読みいただき有難うございましたm(_ _❁)m🙏
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時を越えて、あなたに会いに

― 第二話:言葉 ―浅間温泉での生活の中で、特攻隊員たちと、疎開してきた子どもたちとの間には、日ごとに、自然な交流が生まれていきました。一緒に遊び、言葉を交わし、その時間は、戦時下であることを忘れてしまうほど、穏やかなものでした。今野勝郎さんもまた、子どもたちの中にいた田中幸子さんと言葉を交わす機会がありました。あるとき――二人で話をしていた際に、勝郎さんは、こう口にしたといいます。「帰ったら、 僕のお嫁さんになってもらおうかな。」それは、何気ない言葉のようでありながら、出撃を目前に控えた一人の青年の本心がにじむ言葉でもありました。この言葉を、幸子さんがどのように受け止めたのか。そのときの表情や空気は、今となっては記録に残されていません。しかし、この短い会話が、後の長い年月の中で、消えることなく残り続けたことは、確かな事実です。やがて、浅間温泉での時間は終わりを迎えます。隊員たちはその地を離れ、特攻出撃へと向かっていきました。それから間もなく――勝郎さんは、子どもたちに宛てて手紙を送っています。「この手紙が君たちに届く頃には、自分たちはこの世にはおりません。  中略にっこり笑って死んで行きますよ、後の世を頼みます。」その言葉には、未来を託すような想いと、すでに覚悟を決めた心境が込められていたと考えられます。そして昭和二十年三月二十七日。沖縄・慶良間諸島沖にて、今野勝郎さんは特攻として出撃。米戦艦に体当たりして戦死しました。享年20歳浅間温泉での出会いから、それほど長い時間が経たないうちのことでした。あのとき交わされた言葉は、果たされることのないまま、時の中へと残されることになり
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時を越えて、あなたに会いに

第一話:浅間温泉での出会い太平洋戦争末期。信州・松本の浅間温泉に、五名の特攻隊員が滞在していました。彼らは、戦闘機の修理を兼ねながら、束の間の静養の時を過ごしていたのです。その中に、今野勝郎さんの姿がありました。同じ頃――その温泉地には、東京・世田谷から疎開してきた学童たちも滞在していました。のちに「鉛筆部隊」と呼ばれる子どもたちです。田中幸子さんも、その一人でした。同じ旅館で過ごすことになった特攻隊員と子どもたち。年齢も立場もまったく異なる者同士でしたが、不思議なほど、彼らはすぐに打ち解けていきました。隊員たちは、子どもたちと一緒に遊び、子どもたちは、そんな隊員たちを慕い、短い時間の中で、自然な交流が生まれていったのです。それは、戦時下であることを一瞬忘れてしまうほどの、穏やかなひとときでした。けれど――その時間が長く続かないことを、隊員たちは、すでに知っていました。やがて彼らは、浅間温泉を離れます。いよいよ、特攻出撃へ向けた準備のためでした。その頃――勝郎さんのもとへ、故郷からご両親が訪ねて来られます。息子の姿を一目見ようと、慰問に訪れたのでした。しかし――その後、ご両親が故郷へ戻る汽車の中で、車内放送によって、息子・今野勝郎さんの戦死が知らされたといいます。あまりにも突然で、あまりにも過酷な知らせでした。浅間温泉での出会い。子どもたちとの穏やかな時間。そして、親子の再会。そのすべては、あまりにも短く、そして、あまりにも深く、それぞれの心に刻まれることになりました。(つづく)
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えんぴつ部隊と特攻隊

3月27日は妻の大叔父、今野勝郎さんの命日です。昭和20年3月27日、特攻隊員・今野勝郎さんは、沖縄県慶良間列島沖で米駆逐艦に体当たりし、壮絶な戦死を遂げました。彼が所属していた「武克隊」は、特攻出撃の前、長野県の浅間温泉に滞在し、慰安と飛行機の整備を行っていました。当時、浅間温泉には、戦火を避けるために東京・世田谷から疎開してきた少年少女たちがいました。戦時中の厳しい環境の中でも、彼らは純粋な心を持ち、やがて特攻隊員たちと心を通わせるようになります。今野勝郎さんをはじめとする武克隊の若き兵士たちは、戦争という過酷な運命に向き合いながらも、束の間の時間の中で疎開児童たちと交流し、笑顔を交わし、時にはえんぴつを使って絵を描いたり、日々の思いをつづったりしました。この交流は、のちに「特攻隊とえんぴつ部隊」という絵本として描かれ、多くの人々に知られることとなります。また、数年前には「奇跡体験!アンビリーバボー」というテレビ番組でも取り上げられ、全国に放映されました。浅間温泉で過ごした日々は、特攻隊員たちにとっても、疎開していた少年少女たちにとっても、忘れがたい思い出として心に刻まれました。戦争という時代の中で交わされた、ひとときの温かな交流。その記憶は、今も語り継がれ、平和の尊さを私たちに伝え続けています。勝郎さんは、「にっこり笑って死んでいきますよ。あとの日本を頼みます。」という一文を彼らに宛てて、特攻に赴いて行きます。
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知覧特攻平和記念館

卓球の早田ひなが五輪から帰国後この記念館に行ってみたい旨の発言をして注目を集めかつ反響を呼んでいる。早田ひなの発言に対しある国の教授はこう記述している。「問題はその資料館が第2次世界大戦時の日本軍自殺特攻隊『神風』を称えるために建てられたものであることだ。」「日本の若い世代が正しい歴史教育を受けていないことが原因で起こった。」ウィキペディアより1部抜粋「知覧飛行場は戦後に進駐してきたアメリカ海兵隊に破壊されて跡形も無くなっており、「特攻の母」こと鳥濱トメが、独自で跡地に木切れの慰霊碑を立てて生花や線香を絶やさずに供し慰霊を続けているだけであった[4]。遺族巡りを続けていた菅原は、特攻隊員の慰霊施設の必要性を痛感し、元日本陸軍航空総軍司令官河辺正三や軍令部総長及川古志郎ら元軍幹部などと「特攻平和観音奉賛会」を設立[5]、法隆寺の夢違観音像にちなみ、胎内に菅原直筆の特攻戦没者の芳名を記した巻物が収められた「特攻平和観音像」を4体建立し[6]、うち1体を、陸軍航空隊の特攻基地であった知覧に祀りたいと知覧町に申し出た[7]。同時に、菅原らは観音像を祀る観音堂建立のための協力を要請し、日本全国で寄付金も募った[8]。地元知覧でも、鳥濱が知覧町役場に協力を要請するなど積極的に行動していたが、観音堂建立の動きは戦後間もなくの反軍反戦の風潮のなかで、平和運動団体などから「戦争賛美」と批判されるなど大変な苦労があった[9]。鳥濱ら関係者はその都度「戦争犠牲者慰霊のための観音堂がなぜ悪いか」とはっきり反論している。
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かましてやるばい、アッカンベー!!

今朝、小学二年生の息子に「昨日はね、こんなブログを書いたとよ。」と昨日投稿したアインシュタインの話をしました。天才と呼ばれた人物も7歳まで文字が読めなかった、何か出来ないことがあっても悲観することはない、と。話は盛り上がり、その流れでナチスの話、第二次世界大戦の話、原爆の話になり、日本の特攻隊の話に。「みんなね『お国のためだ、選ばれて嬉しい、ばんざい!』と出ていくのだけど、そんな訳はないよね。嫌だ、死にたくない、それが本心だよね。でも、それが許される国じゃなかったとよ、その時の日本は。」息子は黙って豆粒みたいな目を一点にむけ、聞いていました。きっと頭の中で想像しているのでしょう。「その人たちがお母さんに書いたお手紙も残っているんだよ。読んでみようか?聞きたくない?」と聞くと、「読んで。」と。私はひとつ選び読みました。読みながら、声を震えさせないように必死でしたが、最後の一語はやっぱり駄目でした。「もう読まなくていい。悲しい。」と私の涙を拭きながら息子。「うん、悲しくなっちゃうね。もう読まん。でも忘れないでおこう!こんなことが2度とあってはいかんから。」「うん、いかん!」息子と私はどちらからともなく抱き合い、気持ちを切り替えるためにアインシュタインのアッカンベーの写真を見て、それを真似して笑い合いました。ーその時に私が読んだ手紙は以下のものです。ー『お母さん、私は後3時間で祖国のために散ってきます。胸は日本晴れ。本当ですよお母さん。少しも怖くない。しかしね、時間があったので考えてみましたら、少し寂しくなってきました。それは、今日私が戦死した通知が届く。お父さんは男だからわかってい
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