ホタル帰る

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小説
太平洋戦争時代にあった本当の話です。
鹿児島県知覧町に、戦闘機の飛行兵を養成する基地があり、
そこでは全国から集まる少年兵たちが、日夜過酷な訓練に明け暮れておりました。

この町で、鳥浜トメという人が富屋食堂という名前の食堂を営んでおり、訓練の休日ともなると基地の少年兵たちが食事がてらしょっちゅう遊びにきておりました。
彼らはこのトメに、郷里にいる母親の面影をダブらせるように、おばさん、おばさんと慕います。トメはトメで彼らが可愛くて仕方ない。トメには当時女学校に通う礼子という娘がいて、彼女の手記や証言をもとにしてこの本は書かれています。

やがて戦局は悪化の一途をたどり、ついにここも特攻の基地となって、次々と少年兵たちが出撃して帰らぬ人となります。彼らは出撃が決まると、トメに別れの挨拶にやってきます。トメはかける言葉も見つからず、ただ涙ぐむしかありません。彼らは「僕たちが死んで日本を守るよ。」「日本はきっと良くなるよ。」という言葉を残して去っていきます。彼らのほとんどは、自分の犠牲が日本を救うと信じていたのです。まだ20歳になったかならないかの若者たちが、です。

食堂の常連客に宮川三郎という軍曹がおり、彼も出撃前にトメにお別れにやってきます。ちょうど二十歳の誕生日でした。そして彼は「ほたるとなって帰ってくるから、みんなで同期の桜を歌ってほしい。」と言って去っていきます。
翌朝彼は基地を飛び立ち、沖縄の海に散っていきますが、その夜 彼の言葉通り、食堂に大きな源氏ボタルが入ってくるのです。居合わせた隊員たちはみんなで肩を組み、泣きながら同期の桜を歌ってこのホタルを迎えます。映画にもあったように、このエピソードがこの本のタイトルとなっているわけです。

この基地の特攻隊員として、はからずも生き残った人たちとトメの尽力で、戦後この町に特攻平和記念館が造られました。ここには特攻で散った1036名の写真が掲げられ、彼らが残したみごとな筆跡の遺書が、訪れる人の涙を誘います。

「知ってるつもり」という番組で、ここを訪問した当時の総理大臣小泉純一郎が肩を震わせて泣いていた映像が流れておりましたし、
初代林家三平の奥さん、この人も東京大空襲をを体験した戦中派なのですが、ここに入ってくるなり「こんなにたくさんの人たちが、、、。」と言って絶句したままハンカチで目を覆っておりました。

高倉健主演の「ホタル」は、特攻隊の生き残りの男とその妻との夫婦愛を描いた映画です。高倉健の眼は、田中裕子演じる妻を通して広く人間全般へと向けられ、優しさに満ちています。
先の戦争への思いと今の日本へのさまざまな感情と、そしてこれまで歩んできた彼自身の人生も何もかもを、うちなる自分に押し込めて、画面の向こうに立つ高倉健の長身は哀しいほどに美しく見えました。さすが高倉健です。

戦後に生まれ、その後の高度成長期にぬくぬくと少年期を過ごし、まもなく70になろうとしながら未だチャランポランに生きている私には、祖国のため家族のためと信じ、ある者は理不尽な思いを胸深く押し込んだまま、笑顔さえ浮かべて飛び立つ彼らの心情は想像を遥かに超えるものであり、そしてあまりにも眩しすぎます。

私の妻の大叔父、今野勝郎さんも特攻隊として出撃し、沖縄慶良間列島沖に展開する米駆逐艦に体当たりして戦死しました。戦争で亡くなられたすべての方々への鎮魂と、厳しい戦禍をかいくぐり、戦後の混乱期に必死になって日本の再建に力を尽くされた諸先輩方への敬意を表して、、、、

合掌
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