「趣味が合わなくても、なんだか楽なんです」
カウンセリングルームのドアが開くと、アヤコさんは少し緊張した面持ちで入ってきた。
ダイキ「こんにちは、アヤコさん。今日はどんなことをお話ししたいですか?」
アヤコ「はい...あの、恋愛のことで相談したくて。今、付き合って2年になる人がいるんですけど」
そう言いながら、アヤコさんは椅子に腰を下ろした。
ダイキ「2年ですか。どんな関係なんですか?」
アヤコ「それが...周りからよく『趣味が合わなくて大丈夫?』って言われるんです。彼はアウトドアが好きで、私はインドア派。彼は映画もアクション系が好きだけど、私は静かなドラマが好きで...」
アヤコさんは少し言葉を選ぶように、ゆっくりと話し始めた。
ダイキ「なるほど。趣味が合わないことが気になっているんですね」
アヤコ「いや、それが...私は全然気にならないんです。むしろ、すごく楽で。でも、友達とか親から『共通の趣味がないと続かないよ』って言われると、これでいいのかなって...」
「いや、待って。嫌いなものは?」
ダイキ「趣味が合わなくても『楽』だと感じるのは、どうしてだと思いますか?」
アヤコさんは少し考えてから、小さく笑った。
アヤコ「あ...そうだ。嫌いなものが同じなんです」
ダイキ「嫌いなもの?」
アヤコ「はい。たとえば、会社の飲み会が嫌いとか、無駄に長い会議が嫌いとか、表面的な付き合いが嫌いとか。なんか、そういうのが全部一致してて」
その瞬間、アヤコさんの表情が少し明るくなった。
アヤコ「そういえば、初デートの時も...カフェで『最近、職場の人間関係どう?』って聞かれて。私が『正直、形だけの飲み会とか苦痛で』って言ったら、彼も『わかる!』って。それで一気に話が弾んだんです」
ダイキ「その時、どう感じました?」
アヤコ「すごく...安心しました。『ああ、この人は私のこと分かってくれる』って」
人は肯定より否定で繋がる
ダイキ「実は、心理学的には『嫌いなものが同じ』ことは、関係を深める上でとても強力なんですよ」
アヤコ「え、そうなんですか?」
ダイキ「はい。たとえば、好きなものが同じ人とは楽しい時間を過ごせますよね。でも、嫌いなものが同じ人とは『同じ敵』と戦っている感覚になる」
アヤコさんはゆっくりと頷いた。
アヤコ「ああ...確かに。『あの会議、意味ないよね』って一緒に愚痴を言える相手って、すごく貴重な気がします」
ダイキ「そうなんです。好きなものについて話すのは楽しいけど、嫌いなものについて話すのは『共感』を生む。この違いは大きいんです」
「趣味が合う彼」との別れ
アヤコ「実は、その前に付き合っていた人がいて...その人とは趣味がすごく合ったんです」
ダイキ「どんな趣味ですか?」
アヤコ「カフェ巡りとか、美術館とか、音楽フェスとか。毎週末、一緒にどこか行ってました」
そう言いながら、アヤコさんは少し遠い目をした。
アヤコ「でも、何ていうか...疲れたんです」
ダイキ「疲れた?」
アヤコ「はい。楽しかったんですけど、なんか...いつも『次はどこ行く?』『何する?』って。一緒にいる時間は充実してたけど、心は休まらなかったというか」
アヤコさんの声が少し小さくなった。
アヤコ「それに、価値観が合わなかったんです。私が仕事で悩んでる時に『そんなの気にしすぎだよ』って言われて...その一言で、ああ、この人は私のことを理解してないんだなって」
ダイキ「つまり、表面的には楽しかったけど、深いところでは繋がれなかった?」
アヤコ「そうです...!」
アヤコさんは強く頷いた。
「同じものを嫌う」ことの深さ
ダイキ「今の彼は、そういう深いところで繋がれている感じがしますか?」
アヤコ「はい。すごく。たとえば、私が仕事で『あの上司、また無茶言ってきた』って愚痴ると、彼は『それ、パワハラじゃない?』って真剣に心配してくれる」
アヤコさんの表情が柔らかくなった。
アヤコ「それに、一緒に家でダラダラしてる時間が、すごく心地いいんです。彼は本を読んで、私はネットサーフィンして。でも、同じ空間にいるだけで安心できる」
ダイキ「それは『同じペース』で生きている感覚なんでしょうね」
アヤコ「ああ...そうか。前の彼とは、いつもペースが違って、合わせるのに疲れてたのかも」
類似性の心理学
ダイキ「実は、心理学の研究で『態度の類似性』というものがあって」
アヤコ「態度の類似性?」
ダイキ「簡単に言うと、価値観や考え方が似ている人に惹かれるという法則です。でも興味深いのは、肯定的な態度よりも、否定的な態度が一致している方が、関係が深まりやすいという研究結果があるんです」
アヤコさんは目を丸くした。
アヤコ「え、そうなんですか?」
ダイキ「はい。たとえば、『この映画好き』という人より、『あの映画は苦手』という人の方が、深い共感を生むことがある」
アヤコ「なんでですか?」
ダイキ「好きなものは人それぞれ違っても許容できます。でも、嫌いなものが同じということは、『価値観の根っこ』が似ているということなんです」
「共通の敵」という絆
アヤコさんは少し考え込んでいた。
アヤコ「確かに...彼と『あれ嫌だよね』って言い合える関係って、すごく楽なんです。何も言わなくても分かってくれる感じがして」
ダイキ「それは『共通の敵』がいる感覚に近いかもしれません」
アヤコ「共通の敵...?」
ダイキ「はい。たとえば、戦場で一緒に戦った仲間は、深い絆で結ばれますよね。それと似ています。『同じものを嫌い』ということは、『同じものと戦っている』ということ」
アヤコさんはゆっくりと頷いた。
アヤコ「ああ...だから、彼と一緒にいると『味方がいる』って感じるのかもしれない」
ダイキ「そうです。その感覚は、趣味が合う以上に、関係を強固にするんです」
「趣味が違っても、心は近い」
アヤコ「でも、やっぱり周りからは『趣味が違うと続かないよ』って言われるんです」
ダイキ「それについて、アヤコさんはどう思いますか?」
アヤコ「正直...そんなことないと思ってます。だって、彼とは趣味が違うけど、話してて全然退屈じゃないし」
アヤコさんは少し自信を持ったように話し始めた。
アヤコ「むしろ、彼がアウトドアの話をしてくれる時、私は知らない世界を教えてもらってる感じで楽しいんです。私が読んだ本の話をすると、彼も興味を持って聞いてくれるし」
ダイキ「それは『違い』を楽しめている関係ですね」
アヤコ「はい。でも、根っこの価値観は同じなんです。『無理してまで人に合わせたくない』とか、『形だけの付き合いは嫌だ』とか」
「趣味」は表面、「価値観」は根っこ
ダイキ「実は、趣味というのは表面的なものなんです」
アヤコ「表面的...?」
ダイキ「はい。たとえば、映画が好きでも、アクションが好きな人もいれば、恋愛映画が好きな人もいる。でも、その奥には『どんな価値観で生きているか』があるんです」
アヤコさんは真剣な表情で聞いていた。
ダイキ「アヤコさんと彼が『嫌いなものが同じ』というのは、つまり『大切にしている価値観が同じ』ということなんです」
アヤコ「...そうか。だから、趣味が違っても、一緒にいて楽なんだ」
過去に学んだこと
アヤコさんは少し間を置いてから、静かに話し始めた。
アヤコ「実は、私...昔、すごく『人に合わせる』タイプだったんです」
ダイキ「そうだったんですね」
アヤコ「はい。学生時代も、会社に入ってからも、とにかく周りに嫌われないように、みんなと同じことをしようとしてました」
そう言いながら、アヤコさんは少し苦しそうな表情を浮かべた。
アヤコ「でも、ある時...ふっと疲れたんです。『私、何やってるんだろう』って」
ダイキ「それは、いつ頃ですか?」
アヤコ「数年前...仕事で大きなプロジェクトが失敗して、周りから責められた時です。それまで必死に合わせてきたのに、結局誰も味方してくれなくて」
アヤコさんの目に、うっすらと涙が浮かんだ。
アヤコ「その時、思ったんです。『もう、無理して合わせるのやめよう』って」
気づきの瞬間
ダイキ「それは大きな気づきでしたね」
アヤコ「はい。それから、自分の本音を大切にするようになりました。嫌なものは嫌って言えるようになったし、無理して参加しない勇気も持てるようになって」
アヤコさんは少し微笑んだ。
アヤコ「そしたら、不思議なことに...今の彼と出会ったんです」
ダイキ「出会いはマッチングアプリで?」
アヤコ「はい。プロフィールに『形だけの付き合いが苦手』って書いたら、彼から『すごく共感します』ってメッセージが来て」
その時のことを思い出しているのか、アヤコさんの表情が柔らかくなった。
アヤコ「初めて会った時、お互いに『嫌いなもの』を言い合ったんです。『これ嫌い』『あれも嫌い』って。それで、めちゃくちゃ盛り上がって」
ダイキ「『好きなもの』じゃなくて『嫌いなもの』で盛り上がったんですね」
アヤコ「そうなんです(笑)。今考えると変ですよね」
ダイキ「いいえ、全然変じゃないですよ。それが、お二人の関係の土台になってるんですから」
今、感じていること
ダイキ「今、彼との関係をどう感じていますか?」
アヤコさんは少し間を置いてから、静かに答えた。
アヤコ「...安心します。一緒にいて、『ああ、私はこのままでいいんだ』って思える」
ダイキ「それは大切な感覚ですね」
アヤコ「はい。前は、相手に合わせて『いい彼女』を演じてた気がします。でも、今は...ありのままの私でいられる」
そう言いながら、アヤコさんは深く息を吐いた。
アヤコ「彼も、私の前では『ありのまま』なんです。だから、お互いに楽なんだと思います」
共感とは「同じ痛み」を知ること
ダイキ「アヤコさん、今日の対話を通して、何か気づいたことはありますか?」
アヤコさんは少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。
アヤコ「共感って...『好き』を共有することじゃなくて、『痛み』を共有することなのかもしれないって」
ダイキ「もう少し詳しく聞かせてもらえますか?」
アヤコ「はい。前の彼とは、楽しいことは共有できたけど、辛いことは共有できなかった。でも、今の彼とは...辛いことを『分かる』って言ってもらえる」
アヤコさんの声が少し震えた。
アヤコ「それが、どれだけ救いになるか...。『あなたの痛みは、私も知ってる』って言ってもらえることが、どれだけ心強いか」
ダイキ「そうですね。嫌いなものが同じというのは、『同じ痛みを知っている』ということなんです」
アヤコ「...ああ。だから、彼といると『一人じゃない』って感じるんだ」
関係性の中での気づき
ダイキ「アヤコさんは、彼との関係の中で、自分についてどんなことに気づきましたか?」
アヤコ「私...今まで『好かれたい』って思って生きてきたんです。でも、本当に必要なのは『理解されること』だったんだなって」
アヤコさんは少し涙ぐみながら続けた。
アヤコ「彼と出会って、初めて『理解される』って感覚を知りました。それまでは、いつも『分かってもらえない』って孤独を感じてたんです」
ダイキ「その孤独は、どこから来ていたんでしょうね」
アヤコ「...たぶん、『本当の自分』を隠してたからだと思います。嫌われたくなくて、本音を言えなくて」
ダイキ「でも、今は?」
アヤコ「今は...本音を言える。『これ嫌い』って言っても、彼は『分かる』って言ってくれる。それだけで、すごく楽になれるんです」
未来への一歩
ダイキ「これから、彼との関係をどうしていきたいですか?」
アヤコさんは少し考えてから、笑顔で答えた。
アヤコ「このまま、『ありのまま』でいたいです。無理して趣味を合わせたりせずに」
ダイキ「周りの声は、気にならなくなりましたか?」
アヤコ「はい。今日、話を聞いてもらって...私たちの関係は間違ってないんだって確信できました」
そう言いながら、アヤコさんはまっすぐにダイキを見た。
アヤコ「むしろ、『嫌いなものが同じ』って、すごく強い絆なんですね」
ダイキ「そうです。表面的な楽しさよりも、深いところで繋がっている関係です」
アヤコ「ありがとうございます。これから、もっと『嫌いなもの』を共有していこうと思います(笑)」
エピローグ:関係性の本質
カウンセリングの最後に、アヤコさんはこう言った。
アヤコ「ダイキさん、一つ聞いてもいいですか?」
ダイキ「もちろんです」
アヤコ「『趣味が合う』って、そんなに重要じゃないんですか?」
ダイキ「重要じゃないわけではありません。でも、それは『一緒に楽しむ』ための道具であって、関係の『土台』ではないんです」
アヤコさんは頷いた。
ダイキ「関係の土台は『価値観』です。そして、嫌いなものが同じというのは、『同じ価値観で生きている』証拠なんです」
アヤコ「...そうか。だから、趣味が違っても、私たちは『同じ方向』を向いているんですね」
ダイキ「その通りです」
アヤコさんは立ち上がり、深くお辞儀をした。
アヤコ「今日は本当にありがとうございました。これから、彼との関係をもっと大切にします」
ダイキ「応援しています。また何かあったら、いつでもいらしてください」
アヤコさんはドアを開けて、振り返った。
アヤコ「あ、そうだ。帰ったら彼に『最近、嫌いなもの増えた?』って聞いてみます(笑)」
ダイキ「いいですね(笑)。それが、お二人の『愛の言葉』かもしれませんね」
アヤコさんは笑顔で部屋を出ていった。
補足
類似性の魅力の法則
心理学者のバーンとネルソンの研究によれば、態度の類似性は対人魅力に強い影響を与えます。特に興味深いのは、肯定的な態度よりも否定的な態度が一致している方が、より深い共感を生むという点です。
「共通の敵」効果
同じものを嫌うということは、「共通の敵」を持つということです。これは、集団の結束を強める強力な要因となります。恋愛関係においても、「二人で同じものと戦っている」感覚は、絆を深めます。
価値観の一致
趣味は表面的なものですが、嫌いなものは価値観の根っこから来ています。「これが嫌い」という感情は、「これを大切にしたい」という価値観の裏返しです。したがって、嫌いなものが同じということは、価値観が一致しているということなのです。