やる前から疲れてしまう
オンラインカウンセリングの画面に映るユウコさんは、少し疲れた表情をしていた。
ユウコ「あの、今日相談したいのは...自分でもおかしいと思うんですけど」
ダイキ「おかしいって?」
ユウコ「やる前から、もう疲れちゃうんです。何かを始めようとすると、頭の中でいろんなシミュレーションが始まって...」
彼女は少し恥ずかしそうに続けた。
ユウコ「たとえば、資格試験を受けようかなって思うじゃないですか。そうすると、『勉強時間が足りなかったらどうしよう』『試験当日に体調崩したらどうしよう』『落ちたら周りにどう思われるだろう』って...」
ダイキ「いろんな『どうしよう』が出てくるんですね」
ユウコ「はい。で、考えてるうちに疲れちゃって、結局申し込みすらしないんです。こんなの3年くらい続いてて」
彼女の声が少し小さくなった。
「考えすぎ」と言われるけれど
ダイキ「周りの人には相談しましたか?」
ユウコ「友達に話したら『考えすぎだよ』って言われて。『やってみたら意外と大丈夫だよ』って」
ダイキ「それを聞いてどう思いました?」
ユウコは少し間を置いてから答えた。
ユウコ「...余計につらくなりました。だって、『考えすぎ』って言われても、考えちゃうんですもん。やめられないんです」
ダイキ「やめられない」
ユウコ「そうなんです。自分でも『こんなに心配してもしょうがない』って頭ではわかってるんですけど、気づいたら同じこと考えてて...」
彼女は深くため息をついた。
ユウコ「最近、夜も眠れないことがあって。ベッドに入ると、また『どうしよう、どうしよう』って始まっちゃうんです」
不安に名前をつけてみる
ダイキ「ユウコさん、その『どうしよう、どうしよう』って声、いつも同じ感じですか?」
ユウコ「...同じ感じ、ですか?」
ダイキ「ええ。その声の調子とか、言い方とか」
ユウコは少し考えてから答えた。
ユウコ「あ...確かに、いつも同じような感じかも。なんていうか、すごく焦ってる感じで、早口で...」
ダイキ「なるほど。その声に、名前をつけるとしたら、どんな名前がいいと思います?」
ユウコ「名前...ですか?」
ダイキ「はい。人によっては『心配さん』とか『慎重くん』とか、いろんな呼び方をする人がいます」
ユウコは少し笑った。
ユウコ「変ですけど...『せっかちちゃん』とか?なんかすごく焦ってる感じなので」
ダイキ「いいですね、せっかちちゃん」
ユウコ「名前をつけたら、なんか...ちょっと距離ができた感じがします」
ダイキ「距離?」
ユウコ「はい。今まで『自分が不安』だったのが、『せっかちちゃんが心配してる』みたいな...なんか変な感じですけど」
せっかちちゃんの正体
ダイキ「せっかちちゃんは、いつから現れるようになりました?」
ユウコ「...あ」
彼女は何かに気づいたような表情になった。
ユウコ「数年前、部署異動があったんです。新しい環境で、最初すごく失敗して...」
ダイキ「失敗?」
ユウコ「大きなプロジェクトの資料作成を任されたんですけど、前提知識がなくて。上司に『これじゃ使えない』って言われて、やり直しになって...すごく恥ずかしかったんです」
彼女の声が震えた。
ユウコ「それから、何か新しいことをやる前に、『また失敗したらどうしよう』って思うようになって」
ダイキ「せっかちちゃんは、ユウコさんを守ろうとしてるのかもしれませんね」
ユウコ「...守ろうと?」
ダイキ「ええ。『また同じ失敗をしないように』って、一生懸命警告を出してくれてる」
ユウコは目を丸くした。
ユウコ「そうか...敵じゃないんですね、せっかちちゃん」
やってみると、たいしたことない
ダイキ「ユウコさん、これまでで、『不安だったけどやってみたら意外と大丈夫だった』って経験はありますか?」
ユウコ「...あ、あります。最近だと、職場の飲み会の幹事を頼まれて」
ダイキ「どうでした?」
ユウコ「もう、やる前は最悪のシナリオばっかり考えてました。『お店の予約ミスったらどうしよう』『みんなの好みに合わなかったらどうしよう』って」
ダイキ「実際は?」
ユウコ「...普通に、楽しかったです。というか、拍子抜けするくらい何も起きなくて」
彼女は少し笑った。
ユウコ「考えてたことの9割は起きませんでした。っていうか、起きたとしても、なんとかなってたと思います」
ダイキ「やってみると、意外と大したことないこと、多いですよね」
ユウコ「そうなんです...でも、次また何かあると、また同じように不安になっちゃうんです」
不安は悪いものじゃない
ダイキ「ユウコさん、不安って、実は悪いものじゃないんです」
ユウコ「え...そうなんですか?」
ダイキ「ええ。不安があるから、私たちは準備をするし、気をつけるし、努力するんです」
ユウコ「でも、私の場合、不安が強すぎて動けなくなっちゃうんです」
ダイキ「そうですね。でも、その不安をうまく使えたら、どうでしょう?」
ユウコ「うまく使う...?」
ダイキ「たとえば、資格試験を受けるとして。『落ちたらどうしよう』っていう不安、ありますよね」
ユウコ「はい...」
ダイキ「その不安があるから、『じゃあ、落ちないように、毎日30分は勉強しよう』って計画を立てられる。不安が、行動の味方になるんです」
ユウコはゆっくりと頷いた。
ユウコ「不安を、味方に...」
小さな一歩から
ダイキ「ユウコさん、資格試験、本当は受けたいんですよね?」
ユウコ「...はい。ずっと、受けたいって思ってました」
ダイキ「じゃあ、今日から1週間で、できそうな一番小さいことって、なんだと思います?」
ユウコ「一番小さいこと...試験の情報を調べる、とか?」
ダイキ「いいですね。それなら、せっかちちゃんも許してくれそうですか?」
ユウコは少し笑った。
ユウコ「多分...『情報を調べるだけなら、失敗しないよね』って言ってくれそうです」
ダイキ「そうですね。で、情報を調べたら、次は?」
ユウコ「...過去問を1問だけ見てみる、とか」
ダイキ「完璧です。一気にやろうとしなくていいんです」
ユウコ「そっか...一気にやろうとするから、せっかちちゃんが『無理無理!』って言ってたのかも」
失敗してもいい、という選択
ダイキ「ユウコさん、もし試験を受けて、万が一落ちたとして。何が一番つらいですか?」
ユウコは少し考えた。
ユウコ「...周りに知られること、かな。『あの人、落ちたんだって』って言われるの、すごく嫌です」
ダイキ「そうか。じゃあ、最初は誰にも言わずに受けてみる、っていうのはどうでしょう?」
ユウコ「あ...」
ダイキ「合格したら報告すればいいし、もし落ちても、誰も知らない。次にまた挑戦すればいい」
ユウコの表情が少し明るくなった。
ユウコ「そうか...失敗してもいい状況を作ればいいんですね」
ダイキ「そうです。失敗できる環境を作ることも、準備のひとつですから」
「できる」より「やってみたい」
ダイキ「最後に、ひとつ質問していいですか?」
ユウコ「はい」
ダイキ「ユウコさんがその資格を取りたいのは、『取れそうだから』ですか?それとも『取りたいから』ですか?」
ユウコは少し黙った。
ユウコ「...取りたい、からです。その資格があれば、もっと面白い仕事ができそうで」
ダイキ「じゃあ、せっかちちゃんに、こう伝えてあげてください。『心配してくれてありがとう。でも、私はこれがやりたいんだ』って」
ユウコの目に涙が浮かんだ。
ユウコ「...私、ずっと『できるかどうか』ばかり考えてました。『やりたいかどうか』じゃなくて」
ダイキ「やりたいことを、やってもいいんですよ」
ユウコは大きく頷いた。
2ヶ月後
ユウコさんから連絡があったのは、初回のカウンセリングから2ヶ月後だった。
「ダイキさん、試験申し込みました!まだせっかちちゃんはうるさいですけど(笑)、『ありがとう、でも大丈夫』って言えるようになりました。勉強、楽しいです」
メッセージを読みながら、私は少し微笑んだ。
不安は、敵じゃない。
私たちを守ろうとしてくれる、大切な仲間なのだ。
その声に耳を傾けながら、それでも、自分のやりたいことに向かって一歩を踏み出す。
それが、不安と上手に付き合うということなのかもしれない。