「また、やってしまった」
カウンセリングルームに入ってきたユキコさんは、少し疲れた表情をしていた。ソファに腰を下ろすと、小さく息をついた。
ユキコ「今日も、また......やっちゃったんです」
ダイキ「やっちゃった、というのは?」
ユキコ「パートナーを責めてしまって。昨日の夜も、些細なことで」
彼女の声には、自責の色が濃く滲んでいた。
ユキコ「洗濯物を畳んでくれたんですけど、畳み方が雑だって。『なんでちゃんとできないの』って言っちゃって......本当は感謝すべきなのに」
ダイキ「感謝すべきだと思いながらも、責める言葉が出てしまったんですね」
ユキコ「そうなんです。言った後で、すごく後悔するんです。『また言っちゃった』って。でも、次の日になると、また同じことを......」
彼女は両手で顔を覆った。
ユキコ「......もう疲れました。自分に」
その言葉には、深い疲労感があった。責めることにも、責めた自分を責めることにも、疲れ果てている。そんな彼女の状態が、その一言に凝縮されているように感じた。
ダイキ「疲れますよね。責めて、後悔して、また責めて......その繰り返しは」
ユキコ「はい......」
どんなときに責めてしまうのか
ダイキ「ユキコさん、責めてしまうのは、どんなときが多いですか?」
ユキコ「えっと......」
彼女は少し考えてから答えた。
ユキコ「相手が、私の期待通りに動いてくれないとき、でしょうか。洗濯物の畳み方もそうだし、連絡の返信が遅いときとか、予定を忘れてたときとか」
ダイキ「期待通りじゃないと、どんな気持ちになりますか?」
ユキコ「......イライラします。なんでできないんだろうって」
ダイキ「イライラの下には、何かほかの感情もありますか?」
その質問に、ユキコさんはしばらく黙り込んだ。窓の外を見つめながら、自分の内側を探っているようだった。
ユキコ「......不安、かもしれません」
ダイキ「不安?」
ユキコ「このままだと、関係がうまくいかなくなるんじゃないかって。ちゃんとしてくれないと、私たち続けられないんじゃないかって」
その言葉を口にした瞬間、ユキコさんの目に涙が浮かんだ。
ユキコ「......私、怖いんです」
責めることで守ろうとしているもの
ダイキ「怖い、というのは?」
ユキコ「相手が......いなくなっちゃうんじゃないかって」
涙をぬぐいながら、ユキコさんは続けた。
ユキコ「でも、おかしいですよね。いなくなるのが怖いのに、私が責めてばっかりいたら、相手が嫌になって離れていっちゃう。それなのに、責めるのが止められなくて」
ダイキ「いなくなるのが怖いから、責めてしまう。一見矛盾しているように聞こえますね」
ユキコ「はい......自分でも意味がわからないんです」
ダイキ「でも、もしかしたら......責めることで、何かを確かめようとしているのかもしれませんね」
ユキコ「確かめる......?」
ダイキ「たとえば、『この人は、私が責めても離れていかないだろうか』とか、『この人は、本当に私のことを大切にしてくれているんだろうか』とか」
その言葉に、ユキコさんはハッとした表情を見せた。
ユキコ「......あ」
ダイキ「今、何か思い当たることが?」
ユキコ「試してる、のかもしれません。私、相手を。『どこまで許してくれるんだろう』『どこで見捨てられるんだろう』って」
彼女の声が震えた。
ユキコ「最低ですよね、そんなこと......」
ダイキ「最低なんでしょうか?」
ユキコ「だって、相手を試すなんて......」
ダイキ「ユキコさんは、なぜそうやって確かめたくなるんでしょうね」
過去の傷と、今の不安
ユキコさんは、しばらく沈黙した。そして、小さな声で話し始めた。
ユキコ「......昔、ある時期に、すごく仲が良かった人がいたんです」
ダイキ「ある時期に」
ユキコ「友達だったんですけど、ある日突然、連絡が取れなくなって。理由もわからないまま。それから何年も......」
彼女の声が詰まった。
ユキコ「何が悪かったのか、今でもわからないんです。でも、きっと私が何かしたんだろうなって。ずっと思ってて」
ダイキ「理由もわからないまま、大切な人がいなくなってしまった」
ユキコ「はい......それから、なんか、人と親しくなるのが怖くて。親しくなっても、また急にいなくなるんじゃないかって」
その言葉を聞いて、ユキコさんが責める理由が少しずつ見えてきた。
ダイキ「だから、先に相手の気持ちを確かめたくなるんですね。責めても離れないか、ちゃんとしてくれるかどうか」
ユキコ「......そうかもしれません」
ダイキ「責めることで、相手との距離を測ろうとしている」
ユキコ「でも、それって......結局、相手を傷つけてますよね」
ダイキ「そうですね。そして、ユキコさん自身も傷ついている」
ユキコ「はい......」
部屋に静寂が流れた。ユキコさんは、自分の手をじっと見つめていた。
責めることで失うもの
ダイキ「ユキコさん、責めた後、相手はどんな反応をしますか?」
ユキコ「最初は、謝ってくれるんです。『ごめん、気をつける』って。でも......」
ダイキ「でも?」
ユキコ「最近は、なんか、無反応というか......黙って聞いてるだけになってきたというか」
ダイキ「それを見て、ユキコさんはどう感じますか?」
ユキコ「......余計に不安になります。『もう愛想が尽きたのかな』『もう何を言っても無駄だと思ってるのかな』って」
ダイキ「そして、もっと責めてしまう?」
ユキコ「はい......悪循環ですよね、完全に」
彼女は深くため息をついた。
ユキコ「相手も、きっともう疲れてると思います。私自身も疲れてるし......このままだと、本当に関係が壊れちゃう」
ダイキ「壊れてしまうことが、怖いんですね」
ユキコ「はい......」
ダイキ「ユキコさん、一つ質問してもいいですか?」
ユキコ「はい」
ダイキ「もし、相手を責めずに済むとしたら、ユキコさんは何が欲しいですか?」
ユキコ「......何が欲しい?」
ダイキ「責めることで、本当は何を得たいんでしょうか」
その質問に、ユキコさんは長い沈黙の後、答えた。
ユキコ「......安心感、かな」
ダイキ「安心感」
ユキコ「『この人は、私のことを大切にしてくれている』『この人は、簡単にいなくならない』って、安心したいんです」
涙がまた溢れた。
ユキコ「でも、責めたら、その安心感は得られないですよね......」
責める以外の方法を探す
ダイキ「責める以外に、安心感を得る方法があるとしたら、どんな方法があると思いますか?」
ユキコ「......わからないです。責めるしか、やり方を知らないというか」
ダイキ「じゃあ、一緒に考えてみましょうか。たとえば、洗濯物の件で考えてみます。相手が洗濯物を畳んでくれた。でも、畳み方が雑だった。そのとき、責める以外にどんな反応ができると思いますか?」
ユキコ「......難しいです」
ダイキ「難しいですよね。でも、もし責めないとしたら?」
ユキコさんは、しばらく考え込んだ。
ユキコ「......『ありがとう、畳んでくれて』って、まず言えたらいいのかな」
ダイキ「いいですね。そして?」
ユキコ「そのあと......『こういう風に畳んでくれると嬉しいな』って、お願いするとか?」
ダイキ「責めるのではなく、お願いする」
ユキコ「はい......でも、それって、相手が聞いてくれるかわからないし」
ダイキ「聞いてくれなかったら、どうなると思いますか?」
ユキコ「......また不安になると思います。『やっぱり大切にされてないんだ』って」
ダイキ「その不安は、どこから来ているんでしょうね」
ユキコ「......相手を信じられてないから、ですよね」
その言葉を口にした瞬間、ユキコさんは泣き崩れた。
ユキコ「信じたいのに......信じられないんです。また裏切られるんじゃないかって、いつも思っちゃって」
信頼を育てる、ということ
しばらく泣いた後、ユキコさんは少し落ち着きを取り戻した。
ダイキ「ユキコさん、信頼って、どうやって育っていくと思いますか?」
ユキコ「......どうやって?」
ダイキ「信頼は、一度に完成するものではないんです。小さな積み重ねで、少しずつ育っていくもの」
ユキコ「小さな積み重ね......」
ダイキ「たとえば、相手に『こうしてほしい』とお願いしたとします。相手がそれをやってくれた。そのとき、『やってくれた』という事実を受け取る」
ユキコ「受け取る......」
ダイキ「そして、『ありがとう、やってくれたんだね』と伝える。それが積み重なると、少しずつ『この人は、私の言うことを聞いてくれる』という実感が育っていく」
ユキコ「でも、完璧じゃなかったら?」
ダイキ「完璧じゃなくても、やってくれたこと自体を受け取る。それが大切なんです」
ユキコ「......難しいです」
ダイキ「難しいですよね。特に、完璧じゃないと不安になってしまうユキコさんには」
ユキコさんは、小さく頷いた。
ユキコ「私、完璧じゃないと、『ちゃんとしてくれてない』って思っちゃうんです。そして、『大切にされてない』って」
ダイキ「完璧じゃないこと=大切にされてない、という図式があるんですね」
ユキコ「はい......」
ダイキ「でも、本当にそうでしょうか? 完璧じゃなくても、やってくれたということは、何を意味していると思いますか?」
ユキコ「......わからないです」
ダイキ「たとえば、洗濯物を畳むのが雑だったとしても、畳もうとしてくれた。それは、何を表していると思いますか?」
ユキコ「......手伝おうとしてくれた?」
ダイキ「そうですね。不完全だったとしても、ユキコさんのために何かしようとしてくれた」
その言葉に、ユキコさんの表情が少し和らいだ。
ユキコ「......そうですね。やってくれただけでも、本当は......」
自分の不安を相手に伝える
ダイキ「ユキコさん、もう一つ質問してもいいですか?」
ユキコ「はい」
ダイキ「ユキコさんは、相手に『私、不安なんです』って、言ったことはありますか?」
ユキコ「......ないです」
ダイキ「どうして言わないんでしょうね」
ユキコ「言ったら......弱いって思われるかなって」
ダイキ「弱いと思われたら?」
ユキコ「......見捨てられるんじゃないかって」
ダイキ「だから、責めることで強がってしまう」
ユキコ「はい......」
ダイキ「でも、責めることで、相手はユキコさんの不安に気づいてくれますか?」
ユキコ「......気づかないですよね。ただ、怒ってるとしか思わないですよね」
ダイキ「そうなんです。責めることで、本当の気持ちは伝わらない。むしろ、相手は距離を置こうとしてしまう」
ユキコ「......そうですよね」
ダイキ「もし、『私、こういうとき不安になるんです』って、正直に伝えたら、どうなると思いますか?」
ユキコ「......どうなるんでしょう」
ダイキ「やってみないとわかりませんが、少なくとも、相手はユキコさんの本当の気持ちを知ることができる」
ユキコ「でも、それで見捨てられたら......」
ダイキ「見捨てられる可能性もあるかもしれませんね。でも、今のまま責め続けていても、結局は同じ結果になる可能性が高い」
ユキコ「......そうですね」
ダイキ「だとしたら、本当の気持ちを伝えて、それでも受け止めてもらえるかどうか、確かめてみる価値はあるんじゃないでしょうか」
ユキコさんは、長い沈黙の後、小さく頷いた。
ユキコ「......怖いです。でも、やってみたいです」
小さな一歩から始める
ダイキ「では、まず何から始めてみますか?」
ユキコ「......次に、イライラしたとき、責める前に、一呼吸置いてみます」
ダイキ「一呼吸置く。いいですね」
ユキコ「そして......『今、私、不安になってる』って、自分で気づくようにしてみます」
ダイキ「自分の気持ちに気づく。それも大切なステップです」
ユキコ「そのあと......できたら、相手に『こういうとき、私、不安になるんだよね』って、伝えてみます」
ダイキ「すごくいい計画ですね。一度に全部完璧にやろうとしなくていいです。少しずつ、できることから」
ユキコ「はい......」
ダイキ「そして、もし責めてしまっても、自分を責めすぎないでくださいね」
ユキコ「......自分を責めるのも、癖になってますね、私」
ダイキ「そうですね。相手を責めることも、自分を責めることも、どちらも同じ不安から来ているのかもしれません」
ユキコ「......かもしれないですね」
関係を育てるということ
ダイキ「ユキコさん、最後に一つだけ。パートナーとの関係で、一番大切にしたいことは何ですか?」
ユキコ「......安心して、一緒にいられること」
ダイキ「安心して、一緒にいられること。素敵ですね」
ユキコ「でも、今の私、全然安心できてないです」
ダイキ「今はまだ、安心できないかもしれません。でも、これから少しずつ、安心を育てていくことはできます」
ユキコ「育てる......」
ダイキ「そうです。責めるのではなく、お願いする。完璧じゃなくても受け取る。不安なときは、不安だと伝える。そうやって、少しずつ信頼を積み重ねていく」
ユキコ「......時間がかかりそうですね」
ダイキ「時間はかかるかもしれません。でも、急がなくていいんです。ゆっくりでいい」
ユキコさんは、初めて穏やかな表情を見せた。
ユキコ「......なんか、少し楽になった気がします」
ダイキ「それは良かったです」
ユキコ「責めちゃう自分を責めるんじゃなくて、『ああ、また不安になってるんだな』って、まず自分の気持ちに気づくことから始めてみます」
ダイキ「とてもいいスタートですね。応援しています」
カウンセリングルームを出るとき、ユキコさんの表情は、来たときよりもずっと柔らかくなっていた。
おわりに
パートナーを責めてしまう背景には、「不安」や「自己防衛」があることが多い。過去の傷や、関係が壊れることへの恐怖が、責めるという形で現れてしまう。
でも、責めることで得たいものは、実は「安心感」や「信頼」。そして、それらは責めることでは得られない。むしろ、正直に不安を伝え、小さな信頼を積み重ねていくことで、少しずつ育っていく。
完璧じゃなくても、一歩ずつ。そんな関係の育て方があることを、ユキコさんは気づき始めている。