2年半無職、毎日家にいる。『私、何してるんだろう』と思う33歳の選択

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「何もできていない」という焦り


オンラインカウンセリングの画面に映ったサトコさんは、少し疲れた表情をしていた。背景には実家の自室らしき壁が見える。

ダイキ「こんにちは、サトコさん。今日はお時間いただいてありがとうございます。今、どんなお気持ちですか?」

サトコ「......正直、こうやって話すのも、なんだか申し訳ないような気持ちです」

ダイキ「申し訳ない、というのは?」

サトコ「だって、私......何もしてないんです。もう2年半も。毎日家にいて、ただ時間が過ぎていくだけで」

そう言いながら、サトコさんは視線を落とした。

サトコ「友達はみんな働いてて、結婚してる人もいて。SNS見るたびに......なんで私だけこんななんだろうって」

ダイキ「今、『何もしていない』とおっしゃいましたけど、本当に何もしていないんですか?」

サトコ「え?......はい。朝起きて、ご飯食べて、スマホ見て、また寝て。それの繰り返しです」

ダイキ「朝は何時ごろ起きていますか?」

サトコ「......10時とか、11時とか。遅いときは昼過ぎです」

ダイキ「夜は眠れていますか?」

サトコさんは少し間を置いてから、小さく首を横に振った。

サトコ「眠れないんです。布団に入っても、頭の中でぐるぐる考えごとが回って。『明日こそ何かしなきゃ』って思うんですけど......朝になるとまた動けなくて」

過去の自分と、失われた「当たり前」


ダイキ「サトコさん、前のお仕事を辞められたのは、どれくらい前でしたっけ?」

サトコ「2年半くらい前です。正確には......2年7ヶ月くらい」

ダイキ「覚えてらっしゃるんですね」

サトコ「......数えちゃうんです。『もう2年以上無職なんだ』って」

ダイキ「お仕事を辞めたとき、どんな気持ちでしたか?」

サトコさんは少し考えてから、言葉を選ぶように話し始めた。

サトコ「最初は......ホッとしたんです。やっと解放されたって。毎日残業で、上司からは詰められて、体も心もボロボロだったので」

ダイキ「そうだったんですね」

サトコ「でも、辞めてしばらくしたら......急に不安になってきて。『これでよかったのかな』『次、どうしよう』って。最初の半年くらいは、まだ『少し休んだら転職活動しよう』って思えてたんですけど」

サトコさんの声が少しずつ小さくなっていく。

サトコ「気がついたら1年、2年って経ってて。『こんなに無職期間が長いと、もう雇ってもらえないんじゃないか』って思うようになって......それでますます動けなくなって」

ダイキ「今、『動けなくなって』とおっしゃいましたね」

サトコ「はい......頭では『動かなきゃ』ってわかってるんです。でも、体が......なんていうか、重くて。求人サイトを開こうとすると、すごく疲れるんです。何もしてないのに」

「休んでいる」のではなく「警戒している」


ダイキ「サトコさん、一つ聞いてもいいですか。今、肩とか首とか、凝ってたりしませんか?」

サトコ「え?......あ、はい。すごく凝ってます。朝起きたときから」

ダイキ「頭痛とか、お腹の調子はどうですか?」

サトコ「頭痛は......時々。お腹は、なんか常にもやもやしてる感じです」

ダイキ「それって、『何もしていない』状態だと思いますか?」

サトコさんは戸惑ったような表情になった。

サトコ「でも......家にいるだけですし」

ダイキ「体は、すごくエネルギーを使ってるんじゃないかなって思うんです。肩が凝るのも、眠れないのも、体が常に警戒モードになっているサインかもしれません」

サトコ「警戒......?」

ダイキ「人間の体って、疲れているときほど、周りを警戒するようにできてるんです。動物が怪我をしたとき、敵に襲われないように神経を尖らせるのと同じで」

サトコさんは少し驚いたような顔をした。

ダイキ「今のサトコさんは、『何もしていない』んじゃなくて、体が『今は動かないで』って言ってるのかもしれないですね」

サトコ「......でも、そんなの甘えじゃないですか? みんな働いてるのに」

ダイキ「『みんな』って、誰のことですか?」

サトコ「......友達とか、同級生とか」

ダイキ「その人たちは、サトコさんと同じ状況ですか?」

サトコさんは黙り込んだ。しばらくの沈黙の後、小さな声が聞こえた。

サトコ「......違います」

焦りの正体


ダイキ「サトコさん、今一番怖いことって何ですか?」

サトコ「怖いこと......?」

ダイキ「『このままだとどうなる』って、頭の中で考えていることです」

サトコさんは少し考えてから、言葉にした。

サトコ「......このまま、ずっと無職で。貯金がなくなって、誰からも必要とされなくて......一生、何もできないまま終わるんじゃないかって」

ダイキ「それは、いつから考えるようになりましたか?」

サトコ「退職して......半年くらい経ったころからだと思います。最初は『少し休もう』って思えてたのに、だんだん『早く動かなきゃ』って焦るようになって」

ダイキ「その焦りは、サトコさんを動かしてくれましたか?」

サトコさんはゆっくりと首を横に振った。

サトコ「......逆です。焦れば焦るほど、動けなくなりました」

ダイキ「そうですよね」

サトコ「え?」

ダイキ「焦りって、不安から生まれるものなんです。『失敗したくない』『このままじゃダメだ』っていう恐れが、焦りになる。でも、焦ってる時って、実は冷静な判断ができなくなるんです」

サトコさんは静かに聞いている。

ダイキ「サトコさんが『動けない』のは、体が『今、焦って動いたら失敗する』って止めてくれてるのかもしれないですね」

サトコ「......そんなこと、考えたこともなかったです」

言葉にできなかった「疲れ」


ダイキ「前のお仕事、どれくらいの期間されてたんですか?」

サトコ「5年くらいです」

ダイキ「5年間、どんなお仕事でした?」

サトコ「事務職です。最初は普通だったんですけど、だんだん人が辞めていって。私の仕事が増えて、残業も増えて......最後の2年くらいは、ほとんど毎日終電でした」

ダイキ「毎日終電」

サトコ「はい。土日も、結局家で仕事のことを考えて。休んだ気がしなくて」

ダイキ「それを5年続けたんですね」

サトコ「......はい」

ダイキ「それって、すごいエネルギーを使ったと思いませんか?」

サトコさんは少し驚いたような表情になった。

サトコ「でも......それが仕事だったので」

ダイキ「『仕事だから』って、自分の疲れを認めないようにしていませんでしたか?」

サトコさんの目に、うっすらと涙が浮かんだ。

サトコ「......認めたら、続けられなかったと思います」

ダイキ「そうですよね」

サトコ「『疲れた』って言ったら、甘えてるって思われそうで。周りもみんな頑張ってたし。だから......ずっと我慢してました」

ダイキ「その我慢が、ある日限界を超えたんですね」

サトコさんは静かに頷いた。涙が一筋、頬を伝った。

サトコ「......辞めるって決めたとき、もう本当に限界だったんです。朝、体が動かなくて。会社に行こうとすると、吐き気がして」

ダイキ「それは、体が『もう無理だ』って教えてくれてたんですね」

サトコ「はい......」

「動かない」ことの意味


ダイキ「サトコさん、今まで『動けない自分はダメだ』って思ってましたよね」

サトコ「......はい」

ダイキ「でも、本当は『動かないことで、自分を守ってる』のかもしれないって、思ったことはありますか?」

サトコさんは首を傾げた。

サトコ「動かないことで......守る?」

ダイキ「はい。5年間、ずっと頑張り続けてきた。その疲れは、たぶんサトコさんが思ってるよりずっと深いんです。その状態で無理に動いたら、また同じことになるかもしれない」

サトコ「......」

ダイキ「だから、体が『今は休む時だ』って言ってるんじゃないでしょうか」

サトコさんは、ゆっくりと言葉を探すように話し始めた。

サトコ「でも......いつまで休めばいいんですか? もう2年以上経ってるのに」

ダイキ「『いつまで』って、決まってないんです」

サトコ「え?」

ダイキ「人によって、回復に必要な時間は違います。それに、『完全に回復してから動く』必要もないんです」

サトコさんは不思議そうな顔をした。

ダイキ「今、一つだけでいいんです。『これならできそう』って思えること、何かありますか?」

サトコ「......散歩、とかですか?」

ダイキ「いいですね。どれくらいの散歩ですか?」

サトコ「5分くらいなら......」

ダイキ「じゃあ、5分でいいです。それ以上は頑張らない」

サトコ「え、でも5分って......短すぎませんか?」

ダイキ「短くていいんです。むしろ、短い方がいい」

小さな一歩から


サトコさんは、少し戸惑いながらも、ダイキの言葉を受け止めようとしているようだった。

ダイキ「サトコさん、今まで『もっと頑張らなきゃ』『これじゃ足りない』って、自分に言い続けてきませんでしたか?」

サトコ「......はい」

ダイキ「その考え方が、サトコさんを5年間働かせ続けたんです。そして、限界を超えさせた」

サトコさんは静かに頷いた。

ダイキ「これからは、逆をやってみませんか? 『これくらいでいい』『これで十分』って、自分に言ってあげる」

サトコ「......できるかな」

ダイキ「最初は違和感があると思います。『こんなんじゃダメだ』って、また自分を責めたくなるかもしれない」

サトコ「きっと、そうなると思います」

ダイキ「そのとき、思い出してほしいんです。『動かないことで、自分を守ってきた』って」

サトコさんは、ゆっくりと深呼吸をした。

サトコ「......私、ずっと自分を責めてました。『何でこんなに弱いんだろう』『何で動けないんだろう』って」

ダイキ「それは、自分を守るための体の反応だったんですね」

サトコ「はい......今、少し楽になった気がします」

対話を終えて


カウンセリングの最後に、サトコさんは少しだけ表情が柔らかくなっていた。

サトコ「先生、一つ聞いてもいいですか」

ダイキ「はい、どうぞ」

サトコ「5分の散歩......それを続けたら、私、また働けるようになりますか?」

ダイキ「それは、わからないです」

サトコさんは少し驚いたような顔をした。

ダイキ「でも、一つ言えるのは、『働けるようになるため』に散歩をするんじゃないってことです」

サトコ「......?」

ダイキ「『自分のために』散歩をするんです。自分が気持ちいいと思えることを、少しずつやってみる。それだけです」

サトコ「自分のために......」

ダイキ「『将来のため』『働くため』じゃなくて、『今の自分が少しでも楽になるため』。それが最初の一歩だと思います」

サトコさんは、静かに頷いた。

サトコ「わかりました。まず、明日の朝、5分だけ外に出てみます」

ダイキ「無理はしないでくださいね。できなくても、自分を責めないこと」

サトコ「......はい」

画面越しに見えるサトコさんの表情は、カウンセリングを始めた時よりも、ほんの少しだけ穏やかになっていた。

後日談


サトコさんは、その後も月に一度のペースでカウンセリングを続けている。5分の散歩は、今では15分になり、時々近所のカフェに立ち寄るようにもなった。

「転職活動は、まだ始めていません」とサトコさんは言う。「でも、焦らなくなりました。今は、自分のペースでいいんだって思えるようになって」

変化は、目に見えないところで少しずつ起きている。それが、回復の過程なのかもしれない。


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