誰も責めていないのに
ダイキ「今日はどんな一週間でしたか?」
クライエント「......あまり変わらないです。朝起きて、SNSを見て、昼ご飯を食べて、また横になって」
少し間があった。彼は視線を落としたまま、言葉を継いだ。
クライエント「みんな、今頃仕事してるんだろうなって思うと......何してるんだろう、自分」
ダイキ「みんな、というのは?」
クライエント「同僚とか、後輩とか。自分が休んでる間も、あいつらは毎日出社して、会議して、納期に追われて......」
彼の声は次第に小さくなっていく。
クライエント「自分だけ、こんなところで......」
ダイキ「自分だけ、休んでいる?」
クライエント「はい。みんな頑張ってるのに」
そう言って、彼は深くため息をついた。
休むことへの罪悪感
ダイキ「休んでいることに、罪悪感があるんですね」
クライエント「......ありますね。すごく」
ダイキ「どんなときに、特に強く感じますか?」
クライエント「朝です。みんなが出勤する時間に、自分はまだ布団の中にいて。窓の外を人が歩いてるのを見ると......ああ、みんな働きに行くんだなって」
少し間を置いて、彼は続けた。
クライエント「それで、『自分も何かしなきゃ』って思って。でも体が動かなくて。それがまた......情けないというか」
ダイキ「体が動かない?」
クライエント「はい。頭では『何かしなきゃ』って思うんですけど、実際に動こうとすると、すごく疲れるんです。だから結局、またスマホを見たり、ニュースを見たり」
ダイキ「それで、どんな気持ちになりますか?」
クライエント「......最悪ですね。時間を無駄にしてる感じがして」
「何かしなきゃ」の正体
ダイキ「休んでいると、時間を無駄にしている?」
クライエント「そうですね。せっかく時間があるのに、何も生産的なことをしていない。資格の勉強とか、運動とか、何かすればいいのに......」
ダイキ「医師からは、休むように言われているんですよね?」
クライエント「......はい」
ダイキ「でも、休むだけじゃダメだと感じている?」
クライエント「......そうなんです。ただ休むだけって、何だか......」
彼は言葉に詰まった。しばらく沈黙が続いた。
クライエント「怠けてるみたいで......」
その言葉を口にした瞬間、彼の目に涙が浮かんだ。
「休む」ことの誤解
ダイキ「怠けてる、と感じるんですね」
クライエント「......はい。家族も心配してくれてるのに、自分はただゴロゴロしてるだけで」
ダイキ「ゴロゴロしている自分は、ダメだと?」
クライエント「ダメですよ。男なのに、働いてないなんて」
ダイキ「働いていないことは、ダメなこと?」
クライエント「......」
彼は答えられずにいた。ダイキはゆっくりと言葉を継いだ。
ダイキ「もし、風邪で39度の熱があったら、どうしますか?」
クライエント「......寝ますね」
ダイキ「そうですね。では、そのとき『時間を無駄にしている』と思いますか?」
クライエント「......いえ、それは......病気だから」
ダイキ「今のあなたも、医師から休むように言われている。それは?」
彼はハッとした表情になった。
クライエント「......でも、熱があるわけじゃないし」
ダイキ「熱がなければ、休んではいけない?」
クライエント「......」
エネルギーが空っぽの状態で
ダイキ「今のあなたの状態を、スマートフォンで例えてみましょうか。バッテリーが5%くらいの状態だとします」
クライエント「......はい」
ダイキ「そのとき、充電しながら、動画を見たり、ゲームをしたりしたら?」
クライエント「......充電が進まないですね」
ダイキ「そうです。充電と放電を同時にやったら、バッテリーは回復しない。むしろ、もっと減ってしまうかもしれない」
クライエント「......」
ダイキ「今のあなたは、エネルギーがとても少ない状態です。そのときに『何かしなきゃ』と思って、資格の勉強をしたり、運動をしたりすると......」
クライエント「......余計に減る、ということですか?」
ダイキ「はい。楽しいことでも、新しいことでも、体を動かすことでも、全部エネルギーを使います。今は、それを使うのではなく、ただ充電することが必要な時期なんです」
彼はゆっくりと頷いた。
体力が落ちる、という恐怖
クライエント「でも......ずっと休んでいたら、体力が落ちませんか?」
ダイキ「体力が落ちると、どうなると思いますか?」
クライエント「復帰しても、仕事についていけなくなるんじゃないかって」
ダイキ「なるほど。では、普段、運動していないときは?」
クライエント「......していないですね。仕事が忙しくて」
ダイキ「それで、体力が落ちて困ったことは?」
クライエント「......いや、特には」
ダイキ「休職する前も、運動はしていなかった?」
クライエント「......ほとんど、してないです」
ダイキ「それで、仕事はできていましたよね?」
クライエント「......はい」
ダイキ「今、休んでいる間に体力が落ちることと、普段運動していないことと、何が違うんでしょうね」
彼は目を見開いた。
クライエント「......あ」
ダイキ「どうしました?」
クライエント「......確かに。普段は気にしてなかったのに、休んでるときだけ、すごく気になってた」
「子供の心」が囁く声
ダイキ「休んでいると、いろんな声が聞こえてきませんか?」
クライエント「......どういうことですか?」
ダイキ「『これでいいのか』『ダメな自分だ』『みんなに迷惑をかけている』......そんな声です」
クライエント「......あります。すごく」
ダイキ「それは、誰かが実際に言っていますか?」
クライエント「......いえ、誰も何も言わないです。家族も『ゆっくり休んで』って言ってくれてるし」
ダイキ「でも、聞こえてくる」
クライエント「......はい」
ダイキ「それは、あなたの中の『子供の心』が囁いているんです」
クライエント「子供の心......?」
ダイキ「はい。小さい頃から、『頑張らなきゃダメだ』『休んでいてはいけない』と教わってきた。その声が、今も残っているんです」
彼はゆっくりと頷いた。
クライエント「......確かに。小さい頃から、『男は働くものだ』って言われてきました」
今、本当に必要なこと
ダイキ「今のあなたに必要なのは、何でしょうね」
クライエント「......休む、ことですか?」
ダイキ「そうですね。ただ、ひたすらに休む。充電する。それだけです」
クライエント「でも、それって......成長してないというか」
ダイキ「成長を感じられないことは、つらいですか?」
クライエント「......つらいです。何も進んでない感じがして」
ダイキ「でも、充電は進んでいますよ」
クライエント「......」
ダイキ「充電している間は、何も変わっていないように見える。でも、見えないところで、確実にエネルギーは貯まっている」
彼は静かに涙を流していた。
クライエント「......なんか、ホッとしました」
ダイキ「どんなところが?」
クライエント「休んでていいんだって。それだけでいいんだって」
小さな許可
ダイキ「これから一週間、何か試してみたいことはありますか?」
クライエント「......あまり無理をしないようにします」
ダイキ「具体的には?」
クライエント「SNSを見ると、みんなの活動が目に入って焦るので、見る時間を減らそうかと」
ダイキ「いいですね」
クライエント「あと......外に出てみようかと。散歩とか」
ダイキ「運動のため、ではなく?」
クライエント「......いえ、ただ外の空気を吸うためです。何も考えずに」
ダイキ「それは、とてもいいと思います」
彼は少し笑顔を見せた。
クライエント「まだ、罪悪感は消えないと思うんですけど......でも、少しだけ、自分を許せるかもしれません」
ダイキ「それで十分です」
カウンセラーの視点
カウンセリングを終えて、彼は少し軽い足取りで部屋を出ていった。
休むことへの罪悪感。これは多くの人が抱える、とても深い苦しみだ。特に、真面目で責任感の強い人ほど、自分を許すことができない。
でも、本当に必要なのは、頑張ることでも、成長することでもなく、ただ休むこと。エネルギーが空っぽのときに、どれだけ頑張っても、それは充電ではなく放電になってしまう。
彼が次に来るとき、少しでも楽な表情でいてくれることを願っている。