学歴や専門という言葉の裏側

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こんにちは。

学歴重視とか、いい学校を出てとかいうパラメーターに左右された世代に育ったものです。

それで育った小大人が教師や先生が、当時何を考えていたのかとか気になってるわけです。

メディアでは年配の人が教えてきたことを名誉とするような記事はたくさんあるけど、お子さんの独自性を称えるようなものは日本国ではあまり見た記憶がございません。
自称大人のルールに従って、それで優秀な成績を残したお子さんが評価されやすい窮屈なせかいなのだと実感していて、今もメディアを通したらそれしか見えないので窮屈にしか見えないのは変わらないのかなと。

当時の多人数に影響があったものを伝染して伝えていくのでは、結局日本国の人としてはメディア疲れになるし、新しいものをおおげさではなく、芯を捉えて伝えられるような人がメディアにいないのが非常に残念。

それと相反するせかいにいる専門家の話を聞いても全然わからないので、その橋渡しをする人がメディアにいれば日本ってやるなぁと思えるんだろうけど、視聴率が第一の世界ではきっとそういう枠組みはないんやろう。

ビジネスライクというか規則的なやりとりしか対話の中で発生しないなら、それは割り切りであって、作り手に対する深い部分でパートナーとなるのは無理なのかとまぁ思うところではありましたと。

僕なりに、仕事がない間にこの国が窮屈に感じる作文でも書いてみました。
お読みいただきありがとうございました。
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