こころの研究=サーフィン

記事
コラム
こころ研究家の仕事をもっとやりたい
それは誰かの役に立ちたいとか
困ってる人を救いたいとか
それらがないわけじゃないけど、本質は別だ

それはサーフィンと同じなんだ

サーフィンで言うなら
波を見て分析して
どのタイミングでどのアクションをするか
その試行錯誤自体も楽しいし
海のパワーを身体で受ける例えようのない快感
それらを求めてやっている

こころ研究家の方も同じで
クライエントさんの内的構造を会話から分析して
言うこと言わないことを選択して
それらのやりとりで理解が進むのも楽しいし
クライエントさん自身で腑に落ちるまでいく姿を見るのはとても幸せなことだ
セッション中の自分の人間から少し遠くなっている感じも面白い

誤解を恐れずに言えば
どちらもフィールドを用意してもらって、楽しく遊ばせてもらっているって感覚だ。

また、クライエントさんに対する責任なんて考えもまた違うと思っている。
自分とご縁があってセッションするというのは素晴らしい流れであって、それがどのような結果であったとしても、双方に必要で意味のあるピースであるからだ。
もちろん自分に依頼してくれた人に対しては、全力をもって取り組むし、自分にしか提供できない価値を生み出せる自信がある。
そもそも楽しいからいくらでもやりたくなっちゃうけど、価値の交換が行われないとどちらも何も得られないばかりか疲弊してしまうので自重している。

まぁ何が言いたいかと言うと
もっと遊ばせてくれー!!!
ってことだ

しかしサーフィンで言えば遊ぶためにはまず海に行かないとだよな。
そして波が全然ない日はそもそもなんも出来ない。
こころ研究家も、クライエントさんがいない事にはなんも出来ない。
じゃあまず海に行ってるのかって話になってくるよなぁ。
海ってのはクライエントさんと繋がる可能性を作れてるのかって事よね。
遊びたいならまず海行かないとだからねー
そこんところを表面的や即物的にではなく、自分の本質に沿った形でやりたい!を優先してどんどん進めていくのがよいね
まだまだやれることはたくさんある!
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