つい「自分は一個の肉にすぎない」という観念に囚われる。
現実世界の尺度に合わせて自分を縮めて、その中であれこれと思索を巡らせて不安から心配事にまみれて生きている。
それもまた一つの生き方である。悪いことではない。
だが自分は無限の存在であり、高貴で何者にも侵されない価値を持っているという事を、自分は既に知っている。
最初に述べた観念を、生まれてこの方使ってきて、後者の真理を目の当たりにしたのはここ数年の話だ。
そして自分は肉体を持って物質としてこの世界に存在している。
だからどちらもあって良いのだ。
どちらかだけである必要はないのだ。
調子の良い悪いも、どちらにも善悪はない。
ただ自分は自分として在り、どういう状態にあっても、その自分が損なわれるものではない。
他者と比べる事にはなんの意味もない。
自分と同じ存在はないので、自分にしか提供できない価値があるのだ。
つまり
自分の本質がやりたいことをやらない理由がない
一般常識的にどうであるとか、他人から見てどうであるとか
そんなことは全く歯牙にもかからないものだ
ただやる、やる、やる。