親しいと思う場合、特に礼儀は大事と思う、など。

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誰にでも一人くらいはいるのではないでしょうか。
いないかもしれませんが、多くは一人くらいいると思います。
親密とはいかなくても、親しいと思う間柄の人です。
友人のような、やや友人より重視するような人です。

そのような人の場合、普段の態度は軽くなりやすいです。
気楽と言えるかもしれません。
自分では親しいと思っての態度と思います。

しかし、自分の思いや考えと相手の受け取り方は異なる場合があります。
自分では良いと思っていても、相手からは「馴れ馴れしい」、「鬱陶しい」と
思われているかもしれません。

純粋に利害関係がない場合、友人の延長に近いでしょう。
これが業務上となると相当に変わってきます。
あくまでも「業」として対応しているからです。

勝手に友人と思い込み、時間帯も無視し、自己主張を延々と15年間されてきた人がいます。もうすぐ、「いました」となると思いますが。

自分の事しか考えない、目先の細かな金額には以上に執着するのに、桁が3つ、4つ大きくなると「まるで考えない」人=横同格の典型です。
考えないのではなく、考えることができない、自力で対処できない、その程度の狭小な脳、とも見ることができます。

この処理能力等は、本人の責任です。
生まれ持った内容は、その人が前世で行ってきたことの結果と、現世で目的を
持って決めているからです。理由は必ずあります。
気づくかどうか、知り得る力があるかどうか、の違いです。

言いたい放題の文句を言ってきます。
根拠が「無い」文句です。
これは「因縁をつける」と言います。
本人は気づいていません。

念のため、証拠を突き付けて書面で分かるようにしました。
聞いていない、を回避するためです。
実際、本人の行いの結果が耳にも現れています。
急激に聞こえなくなっているようです。
なぜ、急に聞こえなくなるのか。
その理由を考えるべきですが、その力はありません。
病気のせいだ、で終わりでしょう。

その病気に「なぜ罹患した」、が大事になります。
俗に言う医者、私は肉体の修理屋と考えています。
何を修理、点検しているのか、その対象が肉体だった、というだけです。

このような視点になったのは、病気になった根本的な理由を説明できないからです。対処療法でしかありません。
癌になった、腫瘍を取り除いた「だけ」です。
なぜ、なったのか。
この理由を説明できる医者であれば、本物の医者です。

今回の根拠のないクレームで一方的に批判する者とは、おそらく今回で永遠に縁を切ることになります。
私は何ら構いません。
救う必要がない人、というだけです。

すでに天の選別は始まっていると私は感じています。
初めのうちは4割くらいは残るかと思っていましたが、甘かったようです。
2割残るかどうか、と思います。

天の選別基準、公平で明確です。
人間の恣意的な基準ではありません。
弁論の余地は皆無です。
これが天です。

救う価値がない人、この人に今後の対応をする必要はありません。
救わねばならない人、に全力を注ぎます。

分からない人に、分からせようとすること、無駄です。
その努力は有益に使うべきです。

親しい→馴れ馴れしい→嫌悪感→去る、という流れになりました。
関わることよりも、退く。
去ることが最善と判断しました。
礼儀を忘れるだけでなく、礼儀を失っている人でした。

自分の病の原因は何なのか、考えるべきと思います。
病からその人を知る、という方法も考えられます。

感覚器官の場合、かなり大きな警告です。
目、耳、鼻、口、脳、心臓、腰、のように一つでも不良になると日常生活は非常に不便になります。

人の言うことを聞かない→こんなやつには耳は不要→聞こえなくなる。
人を理由もなく責め続ける→相手の心を痛めつける→だから心臓に重度の疾患ががでる=天からの警告。内容によっては退場。

耳が遠い=人の言うことを聞かない人、自我が強い、と思ってよいでしょう。
心臓に持病がある、または心筋梗塞になった人=他人を強く痛めつけてきた可能性がある人、と考えることもできます。

病気や症状、臓器の内容から、その人がどのような人間なのか知ることができると思います。宗教によっては、病のさとし、として教えにもなっています。

理由のない病はない、これを知ることで生き方が変わる場合もあるはずです。
病の履歴からその人を知る、という方法もあるように思います。



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