本当の自由を感じたい。

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占い
明けましておめでとうございます。琥珀流です。
今年もよろしくお願いします。
さて、今年朝起きて新年1発目のカードを引いてみました。

出てきたカードは「自由」。もう一度引き直してみました。
やっぱり出てきたのは「自由」。

実は昨年の末から連続で7回、同じカードが出ています。
違うカードが途中で出ることもなく、何度引いても「自由」というカードが出てくるのです。別にわざとやっているわけでもありません。

もうこれは「今あなたは自由という問題に取り組むときだよ」と神様に言われているようなものです。
そこで、新年の最初の課題として、「自由」について考えてみることにしました。

ブロックになっていた考え

まずは自由について辞書で調べてみました。
・自分の心のままに行動できる状態。
・思いどおりにふるまえて、束縛や障害がないこと。

とあります。
ここで引っかかったのは
「束縛や障害がないこと」です。

わたしは普段「自由にしても良いけど責任は持ってね」と子供に言ってきました。
それは社会通念、道徳の部分です。

でも、よくよく周りを見渡していると、「自由にやっていて責任持たない」という人が本当の意味で自由をおう歌しているように感じました。
いわゆる、周りの迷惑を考えない、わがまま、後先考えないといわれる人です。

そして、そのことに対して怒りも感じていました。
その怒りを辿っていくと「自分ばかり損している」
「わがままを言う方が得をしてズルい」
とか「やりたいことを後先考えずやって、失敗もするけど、最後は結局成功しているしいいなぁ。」
という嫉妬も出てきました。

ここで気が付いたことは「責任って絶対持つ必要あるだろうか?」
ということです。
自由にしなさい、といっておきながら責任を持て、というのは結局、束縛、制限をかけています。これは自由ではなく、制限つきの自由で、この重りがあることで、制限の中の、更に小さい枠に閉じこもってしまいがちになります。
「自由に仕事してみなさい。ただし、ミスしたら君が責任を持つこと」
と言われると、なんだか自由なようで自由でない。

逆に「自由にやりなさい。ミスしても君は一切責任持たなくて良いよ」
と言われると自由の枠がもっと大きく広がる気がしてきませんか?
「じゃあやってみようかな?」ということも増えてきます。

もちろん、本当に無責任なことをしよう、というつもりは無いですが、
気持ち的には楽になるかなと思います。
「他人に迷惑をかけてはいけない」とか「社会に外れたことをしてはいけない」といのは、道徳的には正しいですが、あまりに固執すると何もできなくなってしまうことになってしまうのではないか、と思いました。

まだまだ掘り下げる必要があるかなという今年の課題です。
ひとまず、備忘録。







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