―学校に合わない子が、はっきり見える時代になった―
不登校が増えている理由を、一つに決めることはできません。
いじめ。
友人関係。
先生との関係。
勉強の不安。
家庭の問題。
生活リズムの乱れ。
発達特性。
感覚過敏。
不安や抑うつ。
いくつもの要因が重なって、ある日、子どもは学校へ行けなくなります。
しかも厄介なのは、本人にも理由がよく分からないことがあるという点です。
「学校の何が嫌なの?」
そう聞かれても、答えられない。
「友だちと何かあったの?」
そう聞かれても、違う気もする。
「先生が嫌なの?」
それだけでもない。
ただ、朝になると体が動かない。
制服を見ると苦しくなる。
教室を想像すると息が詰まる。
これは、子どもが嘘をついているのではありません。
言葉になる前に、体が先に反応しているのです。
今の学校は、多くの子にとって大切な場所です。
友だちと出会い、先生に支えられ、学びを積み重ねる場所です。
しかし一方で、すべての子にぴったり合う場所ではありません。
朝決まった時間に登校する。
長時間、同じ教室にいる。
同じペースで授業を受ける。
集団の空気を読む。
苦手なことも平均的にこなす。
この仕組みが合う子もいれば、強い負荷になる子もいます。
特に、感受性が強い子、集団の音や視線に疲れやすい子、人間関係を深く考えすぎる子、発達の凸凹がある子にとって、学校は毎日かなりのエネルギーを使う場所です。
大人が思っている以上に、子どもは学校で頑張っています。
そして、頑張りすぎた子から順番に、ある日動けなくなることがあります。
だから、不登校の子を「学校に適応できなかった子」とだけ見るのは違うと思います。
その子が悪いのではなく、今の環境とその子の特性が合わなかった可能性がある。
そう考える視点が必要です。
子どもに合わせて、学び方を変える。
居場所を増やす。
休む時期を認める。
学校と家庭と外部支援が連携する。
これからの時代には、そうした柔軟さがますます必要になります。
不登校の増加は、子どもたちからの警告でもあります。
「今のままの学校だけでは、苦しい子がいる」
「同じ型に全員を入れる教育には限界がある」
その声を、子どもの問題として片づけてはいけないと思います。