―17年ひきこもった男性が、誰かを支える人になるまで―
山に囲まれた静かな町の福祉施設で、一人の男性が利用者に声をかけている。
「ちょっと、ここ引っかかりますね」
「ゆっくり引っ張ってみましょう」
作業に戸惑う利用者の横に立ち、手元を見ながら、穏やかに言葉を添える。
急がせない。
責めない。
相手のペースを待つ。
その姿だけを見ると、彼がかつて17年間、自宅の部屋から出られなかった人だとは、すぐには分からないかもしれない。
彼は、14歳から31歳まで、ひきこもっていた。
人生の中で、友人と遊び、学校へ行き、恋をし、働き始めるはずだった時間。
その多くを、たった一つの部屋の中で過ごした。
彼が案内してくれたのは、かつて自分が閉じこもっていた部屋だった。
そこには、特別なものがあるわけではない。
けれど彼にとって、その部屋は世界そのものだった。
「何もない空間」
そう言いながら、彼はその場所を見つめる。
何もない。
けれど、そこにすべてがあった。
外の世界とのつながりを失い、季節の感覚も、時間の感覚も薄れていく。
覚えているのは、トイレへ行く道筋。
風呂場へ行く道筋。
台所へ行く道筋。
家の中の、必要最低限の動線だけ。
それ以外の世界は、彼の中で少しずつ遠のいていった。
異変が起きたのは、中学1年の頃だった。
授業についていけなくなった。
成績が下がり始めた。
それまで何とか立っていた場所から、少しずつ足場が崩れていく。
家に帰っても、安心はなかった。
同居していた家族同士の関係が悪く、家の中には緊張があった。
物が投げられる。
壊れる。
怒鳴り声がある。
彼は、家の中で顔色をうかがって暮らしていた。
どうすれば怒られずにすむか。
どうすればぶつからずにすむか。
どうすれば今日をやり過ごせるか。
それは、暮らすというより、生き延びることに近かった。
中学2年のある日を境に、彼は学校へ行けなくなった。
最初は、不登校だった。
しかし、時間がたつにつれ、外へ出ることそのものが怖くなっていった。
同級生は、やがて高校へ進む。
大学へ行く。
働き始める。
恋人ができる。
結婚し、家庭を持つ人も出てくる。
その一方で、自分は部屋にいる。
何年も、何年も、同じ場所にいる。
社会から何周も遅れてしまったような感覚。
今さら外に出たら、自分という小さな存在は、世間の圧力に押しつぶされてしまう。
彼にとって、その部屋は逃げ場であり、同時に最後の生存空間だった。
外へ出れば潰れる。
だから、ここにいるしかない。
家族もまた、どうしてよいか分からなかった。
母親は、自宅で仕事をしながら、息子の部屋の前まで行く。
「ご飯食べよう」
そう声をかけても、扉は開かない。
話すきっかけすらつかめない。
なぜこうなったのか分からない。
誰に相談すればいいのかも分からない。
親戚はいても、どうしようもない。
母親は、ただ悲しかった。
「なんで、こんなんなったんかな」
その言葉には、責める響きよりも、途方に暮れた時間の重さがあった。
一年が過ぎる。
また一年が過ぎる。
誰も大きな声を出さなくなっても、問題が消えたわけではない。
ただ、時間だけが静かに積もっていく。
ひきこもり始めて15年を過ぎた頃、彼の体は限界に近づいていた。
髪は膝の下まで伸びていた。
歯は欠けていった。
季節も、時間も、自分の年齢さえも、どこか現実感を失っていた。
このまま死ぬのではないか。
そう思った。
そして、恐ろしい想像が浮かぶ。
もしこのまま死んでも、世界は何も変わらないのではないか。
自分が生きていても、いなくても、翌日は同じように来るのではないか。
その感覚は、絶望に近かった。
彼は、生きた証を残そうとした。
自分の状態に気づいてほしかった。
けれど、「助けて」と言う力は残っていなかった。
「病院に連れて行ってほしい」と言う力もなかった。
「もう一度生き直したい」と言う信頼も残っていなかった。
だから彼は、奇妙な形でSOSを出した。
紙テープに、自分の血のついた歯形を残し、それを手紙として近くの病院へ送った。
普通のSOSではない。
けれど、彼にとっては、それが精いっぱいだった。
誰か気づいてくれ。
誰か見つけてくれ。
言葉にならない叫びが、封筒の中に入っていた。
その行動をきっかけに、彼は家を出ることになった。
精神科のある病院に入院した。
統合失調症と診断された。
そのとき、31歳。
部屋にこもり始めてから、17年が過ぎていた。
退院後、彼の再出発は福祉施設から始まった。
そこからすぐに明るい人生が開けたわけではない。
むしろ、外に出たからこそ、現実の重さが押し寄せてきた。
同級生に追いつけるのか。
学歴で追いつけるのか。
収入で追いつけるのか。
恋愛や結婚に、まだ希望を持っていいのか。
自分はどこまで生きられるのか。
どこまで人生を取り戻せるのか。
彼は、その一つ一つを試すように、社会へ出ていった。
最初は、人と話すこともままならなかった。
けれど、周囲には彼を支える人がいた。
当時の福祉施設の職員は、彼と一緒に職場見学へ行き、夜通し悩みを聞くこともあった。
働きたい。
お金も稼ぎたい。
当たり前の生活がしたい。
それは、特別な願いではなかった。
人として、当然の願いだった。
34歳のとき、彼は豆腐店に就職した。
初めて、社会の中で働く場所を得た。
商品を家に持ち帰ると、家族が喜んでくれた。
仕事の苦労を聞いてもらえたとき、自分も社会人として誰かと肩を並べられた気がした。
小さな出来事だったのかもしれない。
でも、17年の空白を抱えた彼にとって、それは大きな一歩だった。
その後も彼は、自分のペースで歩き続けた。
通信制の高校。
大学の通信課程。
7年半かけての卒業。
時間はかかった。
でも、止まらなかった。
遠回りをしながら、自分の人生を少しずつ取り戻していった。
やがて彼の中に、新しい思いが芽生える。
今度は、自分が誰かを支える側になりたい。
自分のように苦しんでいる人の近くに立ちたい。
そうして彼は、福祉施設で働くようになった。
施設の人は、彼に期待をかけた。
彼は、引きこもりを経験したからこそ、見えるものがある。
苦しんできたからこそ、近い目線で接することができる。
感性も、洞察力も、きっと違う。
彼は今、利用者の横に立つ。
作業を見守る。
困っている人に声をかける。
「みんなと一緒に作業ができることが楽しい」
そう話す。
かつて、部屋の中だけが世界だった人が、今は誰かと同じ場所で働き、誰かの役に立つことを喜んでいる。
今年の春からは、実家を離れ、職場に近いアパートで一人暮らしを始めた。
もちろん、すべてが順調なわけではない。
環境が変われば、ストレスもある。
口の中が痛む。
眠れない日もある。
心療内科にも通っている。
期待されれば、応えたいと思う。
その分、痛みも出る。
それでも彼は言う。
「しんどいけど、進もうと思っている」
一歩踏み出してきたからこそ、今の幸せな環境がある。
だから、引かずに進もうと思う。
母親は、そんな息子を見守っている。
嬉しさ半分。
心配半分。
就職できたことだけでも、ありがたい。
ここまで来たことだけでも、すごい。
そう思いながら、母親は息子の背中を見ている。
そして彼は、自分の半生を本にすることを決めた。
きっかけは、支援活動を通じて出会った人に、自分の身の上を話したことだった。
その話を聞いた人は言った。
本にしてください。
きっと、多くの人がその本に触れて、何かを受け取るはずです。
彼は、引きこもり、精神障害、発達障害、不登校、福祉関係者、親御さん。
同じような悩みを抱える人たちに届けたいと思った。
自分の行動や考え方を知ってもらうことで、
「こういう生き方もできる」
と伝えたいと思った。
やがて、本が届いた。
自分の名前が書かれた本。
自分の人生が、文字になってそこにある。
彼は言った。
「ここまで生きてきたことを残せてよかった」
その本には、17年間引きこもった経験が書かれている。
季節の感覚も時間の感覚も分からなくなっていったこと。
体調が急激に悪くなったこと。
このまま死ぬのではないかと思ったこと。
死んでも世界は何も変わらないのではないかと思ったこと。
その絶望が、ページの中に残されている。
しかし、それは絶望だけの記録ではない。
そこには、閉ざされた部屋から、少しずつ外へ出ていった人の歩みがある。
施設につながり、仕事につながり、学び直し、誰かを支える側になり、自分の言葉を本にした人の記録がある。
彼は講演でも、自分の経験を包み隠さず話す。
引きこもろうと思って引きこもったわけではない。
不登校の延長が、そうなった。
トイレ、お風呂、台所への道筋の記憶しかない。
その言葉は重い。
引きこもりは、突然「怠ける」と決めて始まるものではない。
いつの間にか外へ出られなくなり、時間がたつほど外の世界が怖くなり、気づいたときには部屋だけが世界になっている。
その現実を、彼は自分の人生を通して語っている。
東京で、彼の本が表彰された。
初対面の人から声をかけられる。
本を通じて、世界が少し広がっていく。
彼は、自分のしてきたことは間違いではなかったのだと感じた。
17年のひきこもり。
閉鎖病棟への入院。
福祉施設からの再出発。
初めての就職。
通信教育での学び直し。
福祉の仕事。
一人暮らし。
講演。
出版。
表彰。
それは、まっすぐな人生ではない。
きれいな成功物語でもない。
何度も回り道をし、苦しみながら、それでも一歩ずつ進んできた人生だ。
そして、その歩みは今、誰かの道しるべになろうとしている。
今、ひきこもっている人に伝えたい。
部屋から出られない自分を、すぐに責めなくていい。
行動を起こせない自分を、終わった人間だと思わなくていい。
同じような気持ちを抱えている人は、他にもいる。
長い時間がかかっても、社会とつながり直した人もいる。
大切なのは、引きこもりを一瞬で解消することだけではない。
少しでも視野が広がること。
自分にも別の道があるかもしれないと思えること。
そこから始まる回復がある。
そして、家族にも伝えたい。
本人は、引きこもりたくて引きこもったわけではないかもしれない。
家族が悪かったと一言で片づけられるものでもない。
けれど、本人も家族も、長い時間の中で孤立してしまうことがある。
だからこそ、外の支援が必要だ。
福祉につながること。
医療につながること。
同じ経験をした人の言葉に触れること。
親だけで、家庭だけで抱え込まないこと。
かつて彼は、何もない部屋の中で、そこだけが世界だと思っていた。
外に出れば潰れてしまうと思っていた。
でも今は、福祉施設で誰かの手元を見守り、困っている人に声をかけている。
誰かの役に立つことを、嬉しいと言っている。
人生は、取り戻せる。
ただし、それは一気にではない。
一歩ずつ。
時には何年もかけて。
何度も立ち止まりながら。
それでも、進むことはできる。
17年間閉じていた部屋の扉の向こうに、彼の人生はまだ残っていた。
そして今、その人生は、同じように苦しむ誰かへ向けて、静かに開かれている。