9年のひきこもりが教えてくれた、支援の本当のかたち

9年のひきこもりが教えてくれた、支援の本当のかたち

記事
コラム
千葉県の住宅街。

一人の男性が、かつて自分が過ごしていた部屋の扉を開けました。

「ここが、ずっとこもっていた部屋です」

部屋の中心にはベッドがあります。

手を伸ばせば、必要なものに届くように配置された空間。

寝たままパソコンに触れ、ゲームをし、アニメを見て、食事を取る。

外に出なくても、一日が終わる部屋。

そこは、ただの子ども部屋ではありませんでした。

彼にとっては、世界から逃げ込むための避難所でした。

10代と20代を合わせて、ひきこもりは9年に及びました。

昼夜は逆転していました。

起きている時間の多くは、ネット、ゲーム、アニメ。

食事は親に持ってきてもらう。

風呂に入る回数も減り、歯を磨くことさえ難しくなる。

体重は増え、生活は少しずつ崩れていきました。

部屋の窓から外が見えることも苦しかったといいます。

街の景色を見ると、外の世界を感じてしまう。

自分だけが取り残されているような気がする。

だから窓は、白く塗られました。

外の光を消すように。

現実とのつながりを断つように。

彼は当時、自分のことをひどく責めていました。

自分は価値のない人間だ。

生きている意味が分からない。

でも、死ぬのも怖い。

その間で、ただ毎日をやり過ごしていました。

ゲームもアニメも、暴飲暴食も、昼夜逆転も、ただの怠けではありませんでした。

それらは、現実から逃れるための方法でした。

心が壊れないように、その日を越えるための手段でした。

彼は、もともと何もできない子ではありません。

小学生の頃は、スポーツもできました。

友達もいました。

勉強もできました。

周囲からは、優等生に見えていたかもしれません。

しかし中学生になると、少しずつ歯車がずれていきます。

成績が落ちる。

友人関係がうまくいかなくなる。

これまで保ってきた「できる自分」が崩れていく。

その姿を、人に見せたくなかった。

できる自分でいられないなら、誰にも会いたくない。

その思いが、彼を部屋の中へ押し込んでいきました。

家族もまた、苦しみました。

突然、息子が学校へ行かなくなる。

友人が訪ねてきても会わない。

カウンセリングを勧めても拒否する。

親として、どうすればよいのか分からない。

父親は、息子から物を投げつけられることもありました。

母親は、情報を探し続けました。

フリースクール。

カウンセリング。

支援先。

けれど、本人が動けない。

親が差し出しても、届かない。

家庭の中には、焦りと不安だけが積もっていきました。

そのとき、父親はある判断をしました。

まず、家の中に居場所を作ろう。

外へ出せないなら、せめて家の中で生きていられるようにしよう。

パソコンも与えました。

無理に引きずり出すことをやめました。

正しかったのかは分からない。

でも、父親は最悪の事態を避けたかったのです。

「とにかく生きていてほしい」

その選択は、外から見れば甘やかしに見えるかもしれません。

でも、追い詰められた本人にとっては、命をつなぐ余白だったのかもしれません。

ひきこもりの家庭では、親もまた孤独です。

別の家庭では、20年ひきこもる息子を持つ母親がいました。

息子は外に出ない。

けれど、家の掃除をする。

食事を作る。

母親のために、そうめんを用意する日もある。

社会から見れば「働いていない人」かもしれません。

でも家庭の中では、確かに役割を持っていました。

母親は最初、問い詰めました。

なぜ行かないのか。

どうするつもりなのか。

これからどうするのか。

しかし問い詰めれば問い詰めるほど、息子は母親のいる時間に眠り、母親が寝ている時間に起きるようになりました。

顔を合わせない生活。

会話を避ける生活。

そこで母親は気づきます。

これ以上追い込んではいけない。

親の不安は当然です。

将来が怖い。

親亡き後が心配。

働けないままで生きていけるのか。

社会と話せないまま孤立するのではないか。

その不安は、親として切実です。

けれど、不安をそのまま子どもにぶつけると、子どもはさらに隠れてしまうことがあります。

「どうするの」と言われるたびに、本人も「どうしたらいいか分からない」と傷ついているからです。

ひきこもりから抜け出すきっかけは、劇的なものではありませんでした。

ある日突然、すべてが変わったわけではありません。

彼の中に少しずつ生まれたのは、焦りでした。

同年代は高校を卒業している。

働いている人もいる。

自分だけが何もできていない。

その現実が、怒りや焦りとなって心の中で渦巻きました。

普通なら、焦りは苦しいものです。

しかし、彼は後にそれを「心のエネルギーが戻り始めたサインだった」と振り返ります。

そのとき、母親が探し続けていたカウンセリングの情報がありました。

以前なら拒否していたかもしれない。

でも、そのときは違いました。

行ってみてもいいかもしれない。

このままではいられない。

その瞬間に、選べる道が目の前にあった。

ここに、家族の支援の意味があります。

親はすぐに子どもを変えられません。

けれど、情報を探しておくことはできます。

待つことはできます。

子どもの中に少しでも動く力が戻ったとき、静かに選択肢を差し出すことはできます。

彼はカウンセリングにつながりました。

医療にもつながりました。

少しずつ、外に出られるようになりました。

そして今、彼は病院で働いています。

精神保健福祉士の資格を取り、ひきこもりや人との関わりが苦手な人たちの支援に携わっています。

かつて自分が閉じこもっていた人が、今は誰かの居場所を作る側に回っています。

その居場所で行われていたのは、難しいプログラムではありません。

ボードゲームをする。

好きなものを持ち寄る。

少し笑う。

ただ同じ時間を過ごす。

それだけです。

でも、それが大切なのです。

社会に戻る前に、人と同じ場所にいても大丈夫だと思えること。

何かを成し遂げなくても、そこにいてよいと感じること。

楽しいと思える時間を、少しだけ取り戻すこと。

回復は、そこから始まることがあります。

ひきこもり支援に必要なのは、いきなり就職させることではありません。

いきなり学校に戻すことでもありません。

本人にとって、ハードルが低く、少し楽しく、少し安心できる場所を作ることです。

そして、エネルギーがたまりやすい環境を用意することです。

ひきこもりは、怠けではありません。

甘えだけでもありません。

そこには、一人ひとり違う背景があります。

優等生でいられなくなった苦しさ。

人間関係の傷。

発達特性。

心身の不調。

家族とのすれ違い。

社会への恐怖。

自己否定。

そのすべてが重なり、外に出る力が失われていくことがあります。

だからこそ、必要なのは正論だけではありません。

「外に出なさい」

「働きなさい」

「いつまでそうしているの」

その言葉が正しいとしても、本人の心を動かすとは限りません。

人は、責められ続ける場所では動けません。

安心できる場所で、ようやく少しずつ動き出せることがあります。

保護者の方に伝えたいことがあります。

お子さんが部屋にこもっている姿を見るのは、本当につらいと思います。

ゲームばかりしている。

昼夜逆転している。

話しかけても返事がない。

将来が見えない。

怒りたくなる日もあるでしょう。

泣きたくなる日もあるでしょう。

それでも、お子さんはただ怠けているのではないかもしれません。

今は、外の世界から自分を守るために、部屋の中に避難しているのかもしれません。

その避難所を無理に壊すよりも、まず命を守ること。

安心できる関係を残すこと。

親子だけで抱え込まず、外の支援につながること。

そして、本人の中に動く力が戻ったときに、選べる場所を用意しておくこと。

それが、回復への小さな道になることがあります。

ひきこもりの部屋は、外から見ると止まった場所に見えるかもしれません。

でも、その中で本人は、毎日、自分自身と闘っていることがあります。

生きているだけで精一杯の日があります。

自分を責めながら、それでも今日を越えている日があります。

だから、まずは生きていることを守りたい。

その上で、少しずつ人とつながれる場所を作りたい。

その人がもう一度、自分の人生を取り戻せるように。

支援とは、部屋の扉を無理やり開けることではありません。

扉の向こうに、出ても大丈夫だと思える場所を用意しておくことなのだと思います。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら