取り組むべきは自分自身

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学び
いつもありがとうございます。

あなたは、夢を見るでしょうか。

夢は誰でも見るのですが、夢を覚えている
でしょうか。

夢の内容をしっかりと覚えていることもあり
ます。

夢を見たこと自体は覚えているけど、内容は
思い出せないということもあります。

夢を見たこと自体、思い出せないということも
あります。

わたしは、基本的に、夢をまったく覚えて
いません。

夢を見たということ自体、忘れています。

年に何回か覚えているというレベルです。

今日は、その何回かの1回です。

夢を見ました。

悪夢と言って良いでしょう。

すごく嫌な夢でした。

わたしの髪の毛がないのです。

まったくないのなら、まだ良いのです。

中途半端にないのです。

その姿を見た、家族や友人から、「もう全部
剃った方が良いんじゃない」と、気を遣った
感じで言われている場面でした。

わたし自身は、「まだ、大丈夫。まだ、いける」
と思っているようでした。

意識が覚醒した、いまの自分が思い出して
みると、「全然大丈夫じゃない」という
感じです。

もう少し長い夢だったのですが、覚えている
のは、そのシーンだけです。

久しぶりに覚えている夢なので、何か意味が
あるのかもしれませんが、深掘りしたくは
ないなと思います。

正夢にならないことを祈るばかりです。

(笑)。

コラムの出だしは、しょうもない出だしを
心がけています。

あっさり感というか、入りやすさを
意識しているからです。

今日は、さすがに、しょうもなさ過ぎますね。

(笑)。

さて、あなたには、「深い人だな」と感じる人が
いるでしょうか。

年齢にかかわらず、なんとなく深みを感じる
人というのがいると思います。

わたしは、33年間生きていますが、自分に
深みを感じないのです。

なんとなく軽い感じがします。

33歳になっても、垢抜けないというか、
幼さが抜けません。

外見も幼さが残っていますが、内面にも
幼さが残っています。

それを自覚しているためだと思いますが、
若くみられることに抵抗があります。

若くみられることは、喜ぶところだと思うの
ですが、わたしは素直に喜ぶことが
できません。

深みのある人間になりたいのに、なれていない
ことを知っているからです。

若くみられるというのは、わたしの中では、
「深みがない」と言われているような気が
してしまうのです。

幸いにも、わたしの身近には、深みを感じ
させてくださる方がいます。

「何が違うんだろう」ということを、常に観察
することができるのです。

「人生経験の数が違う」というように思って
いました。

多くの人生経験をしていると、それだけ深みが
出るのかなと感じていたのです。

わたしは、人に語れるほどの経験を
していません。

それが、深みが出ない原因なのだと思っていま
した。

過去形になっていますが、いまでも、人生経験
の多さは大切だと思っています。

今日、改めて感じたことは、人生経験の数も
大切ですが、それ以上に、どれだけ自分と
向き合ったかということが重要だという
ことです。

自分と向き合う、自分を深掘りする、
自分に取り組む。

色々な表現はあると思いますが、自分の心と
向き合うことから逃げずに、深く深く、
探求していく。

この姿勢が、その人に深みを出すのだと
感じたのです。

たくさんの人生経験をするということは、
自分を深掘りする材料を集めるという
ことです。

材料がたくさんあることに、大きな意味は
ありません。

それを使って何をするかが大切です。

少ない人生経験でも、それを使って、自分の心
を深く掘り下げていくことはできます。

それをせずに、次から次へと材料を集めても、
深みは出てこないと思うのです。

深みを求めて、自分の心を掘り下げるわけでは
ありませんけどね。

深みが出るというのは、あくまでも結果に
過ぎません。

自分の心を掘り下げるということ自体に、
価値があると思うのです。

仕事や経済、職場関係、友人関係、夫婦関係、
親子関係等の人間関係、人の悩みは尽きませ
ん。

その一つ一つに取り組むことは大切です。

ただ、それに取り組むのは、全て自分である
ということを忘れてはならないのです。

それに取り組むのが全て自分であるならば、
その自分自身に取り組まなければ、
何も変わらないということです。

いまの自分で何を変えたところで、表面的な
変化しか生まれないでしょう。

また別の角度から、同じ悩みが出てくる
ものです。

色々な表面的な部分に取り組むことは大切
ですが、1番最初に取り組むべきは、
「自分自身」です。

自分の心を掘り下げるということは、
永遠に続くことだと思います。

人間は未熟ですから、間違いをします。

その間違いを材料に、反省し、向上していく
ことが許されています。

間違いを間違いのまま放置するのではなく、
「なぜその間違いをしてしまったのか」という
ことに、しっかり向き合うことが大切
なのです。

最近の自分に向き合うことも大切ですが、
過去に遡って、思い出せるところまで
思い出して、向き合っていくことが
大切です。

幼少期の想いが、いまの自分に影響を
与えていることがあるからです。

わたしも、思い出したくもない醜い自分という
ものがいます。

小学生の頃も中学生の頃も高校生の頃も、
目を背けたくなるような、卑怯で弱い
自分がいました。

いまでもいます。

小学生より前のことは、ほとんど覚えて
いませんが、可能な限り思い出して
みたいと思います。

過去は過ぎ去っても、自分の過ちが消える
わけではありません。

見ないように蓋をしておくこともできますが、
その中身がなくなることはありません。

弱い自分、卑怯な自分、ずるい自分、
こうした嫌な自分と向き合うことは
勇気がいります。

わたしは、自分を変えたい。

自己変革をしたい。

そのために、逃げるわけにはいきません。

自分に取り組むという姿勢を、常に意識して
いきたいものです。

悩んでいるときには、悩みの対象に向き合う
ことも大切ですが、まず自分自身に向き合う
ということを大切にしてみると良いですね。

何か参考になる点があれば幸いです。

最後までお付き合いいただき、
ありがとうございました。

本日の一転語

~「前後際断」による新生~

「過去に罪を犯した、弱い弱い自分をいつまで
も引きずるだけでなく、もっと強い自分になっ
て、人に迷惑をかけた分の何十倍もお返しして
いくという生き方もあるわけです。」

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