・別人になることで、違う目的を果たしている
・与えられたものをどう使うか
青年
「いや、それは無理です。
この世界は平等ではなく、人種や国籍、民族の違いだって、
いまだ歴然と横たわっているわけですよ。
『なにが与えられているか」に注目するのが当たり前でしょ。」
哲人
「『なにが与えれているか」に執着して、現実が変わりますか?
われわれは交換可能な機械ではありません。
たとえばいま、あなたは幸せを実感できずにいるのでしょう。
生きづらいと感じることもあるし、
いっそ別人に生まれ変わりたいとさえ願っている。
しかし、いまのあなたが不幸なのは
自らの手で『不幸であること』を選んだからです。
不幸の星の下に生まれたからではありません。
青年
「不幸であることを、自らの手で選んだ?
そんな話をどう信じろと?」
哲人
「あなたは
『誰ひとりとして悪を欲する人はいない」という言葉を
ご存知ですか?
一般に、ソクラテスのパラドクスとして
知られる命題ですが。
青年
「悪を欲する人など、山のようにいるじゃありませんか。
強盗や殺人犯はもちろん、政治や役人の不正だってそうでしょう。」
哲人
「たしかに、行為としての悪は、山のように存在します。
しかし、いかなる犯罪者であれ、
純粋に悪事として悪事を働こうと思って
犯行に手を染める者などいません。
すべての犯罪者に
内的な『しかるべき理由」があります。
言葉を変えるなら『善』の遂行なのです。
もちろん、 道徳的な意味での善ではなく
『自分のためになる』という意味ですが」
青年
「それがわたしとどう関係するのですか?」
哲人
「あなたは人生のどこかの段階で
『不幸であること』を選ばれた。
『不幸であること』がご自身にとっての
『善』だと判断した、
ということなのです。」
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「その人にはそうする理由がある」
これは、僕が尊敬する大久保寛司さんが
セミナーで話していた内容である。
コンビニであれば
店長が言ったことをやってくれないのは
その人なりの理由があるからです。
その理由にたどり着けた時に
相手は『変わります」
続
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