ここでは「仕事」=ビジネスでも商売でも、同様かなと。
今回は、概念的な話です。
やりたいことをやるのは全然OKだし、むしろやりましょう!
まず前提はここです。やりたいことがある人はやりましょうと。ない人はどうすればってのがあるんですが、見つかるというか、ないことが稀なので、大体あります。で、今回はそこは省略します。
やりたいことをやる「だけ」という時、何を言いたいか、言わんとするか、伝えたいかということですよね。
「自分がやりたくないことはやらない」というのも良いと思います。苦手なことをあえて克服するよりも、長所を伸ばした方が良いので。ただこれも短所みたいなものが、致命的だとまずいので難しい塩梅はあるんですよね。まあそれも長くなるので、今回は割愛で。
「自分がやりたいこと」をやって、そうです、趣味とか、それで満足ならいいのですが、これが「仕事」とすると。ビジネスや商売にするって話です。そうなると、当然ながら、「お客さんが満足する」ことをやらないといけないんですね。「やらないといけない」は強制ではなくて。
「お客さんが良いとか、価値がある、助かる、ありがとう、ありがたいね」って言う、思うことをやるって意味です。
例えば、あなたが「釣りをするのが好きでしょうがない」としますよね。
釣りどうぞやってください。誰も怒らないですよ(笑)僕は釣りはしないのですが、楽しいのでしょう。どうぞどうぞと。
でも、「釣りをするのが好き」だから「それを仕事にしたい」となると、「ちょっと待ってください」となるんですよ。駄目じゃないですよ。
つまり、「釣りをする」ことは、その時点では消費、楽しみ、利用者であり、それで趣味であり、終わるわけですね。ただこれを誰かに発信とか、表現とか、アウトプットというようなこと。それが出てくるとぐっと仕事に近づきます。
例えばそれが売れるとか、ニーズがあるかはおいておいて、
「釣り場のスポットでいいのがあるので教えられる」とか
「釣りの釣り方を教えられる」とか
「釣りと一緒に絵を描くのが好きなんだ、その絵欲しい?」とか。
いくらでもこういうのはあるはずです。
これってアウトプットなので、それがニーズがあるかはおいておいて、お客さんが「あなたの魚の絵、味があっていいわー買うわ」なら、仕事になるってだけです。
はい。ここで言いたいのは「自分が好きなことだけやって仕事」なんていうのは、かなり甘いというか、かなり言葉に無理があるってことです。
それをやりたいからこそ、人の求めることを追求して「人が求めることをやって」そのうえで、出来た人が言っているケースもあります。それはその通りですが、言葉を切り出すと、まあ誤解しやすい言葉ですよね。
なので僕はそういう言葉はあまり言わないのと、というか誤解されるので、色々条件があるので「好きなことをするだけの仕事」ってまあ怪しいんですよね、くらいで捉えています。
他人の課題、社会の困りごと、なんでもいいので他人のニーズを見てみたら?
釣りが好きな人が自分で仕事を創りたい。そういうご相談があったわけではないですが、釣りはおいておいて、そういうご相談はあるんですよね。よくあるというか。
ただ、好きなことがダンスだから、ダンスで仕事をしたいって、ぶっちゃけ安直なわけですよ。短絡的というか。それが駄目ではないですよ。そこまでいって、それ「ダンスするのが好き」なだけであって「ダンスを表現して見せる」とか、「ダンスを教育できる」とかなら、ありですが、そうではないなら?ってなりますよね。
カフェが好きでもいいですよ。カフェ好きでも、カフェ空間が好きであって、「カフェをこうしたらよくなる」とか思えないなら、「カフェをやると、好きでもない客(笑)が来て色々いっていくかもしれないので、ストレスじゃないですか?」と。つまり、好きっていうけど、細かく見ていくと、どうも、そこで楽しむならいいけど、そこを作る(カフェという居心地の良さを作ること)ことに興味がないとかってザラにあるんですよ。
旅行でもいいです。旅行が好きです。でも、それ旅行することが好きで消費ですよね。消費は否定しないですよ。大事です。ですが、旅行を仕事にはできなくて。旅行を仕事にするなら、プランを立てるとか、その人に話を聴いて「ここならおすすめかもね」といえるとか、もっといえば「自分が良かったところ」だけがいいのでなく、「この人なら自分はそこまでだけどというのも好きかもしれない」と思って提案できるくらい、でないとあまり気の利いた提案はできないですよね、多分ですけど。
最も、好きだから、釣りでもダンスでもカフェでも旅行でも。だから、それに詳しいことはありますよね。釣りが好きだから、ダンス好きよりも「釣り」には詳しいですよねと。そういうのがある。
だから、そこで、仕事にしたいなら、好きで消費でなく、好きで発信する。それこそ好きだからファンを作ると。釣り好きコミュニティを作れるなら、それはそれでそういう場を作るとか、そういう仲間作りというスキルを活かせるかもしれないと。ダンスならダンスを指導できるので、指導だけでなくその人の状態が良くなっていくある種コーチングとか振り返りとかになって、その人をファシリテーションできると。そういうのも魅力ですよね。ダンスしているだけなのにと(笑)
長くなりましたが、ここで大事なのは、あなたがしたいこと、好きなことではないんですよね。あ、そのしたいこととか、好きなことは「大事」なんですが、仕事としては一旦おいておくか、同様に大事なことがあるわけです。
それが他人のニーズとか、社会が求めることです。釣り好きなら、釣りにいきたい初心者がいて、どう釣りをやっていいかわからないと。その時に「これだから初心者はー」なんて悪態をついていたら、まあ仕事は無理ですよねと。ここでは「そういう初心者の方に案内したり、一緒に教える」というわけです。
正直「釣りスキル」が上がるわけではないですよね。でも「教えて」もらうことで「釣り」って楽しいんだって思えることが楽しいとか。ならば仕事にできますよね。こういうポイントはその人が見つけていくことで、絶対こうであるとか、こうなるって話ではないんですよ。
ここでは、釣り初心者である他人ですよね、その人が何を求めているか。どうして欲しいかを徹底的に聞く、考える、声を集めるみたいなことをやると。別に釣り初心者でなくてもいいんですが、例えばそうしたらってことです。
そこで、その人に役立てて嬉しいなと思える。であれば、仕事にできますってことです。でないなら、多分仕事にするのは無理で、ビジネスも商売も同様にできないと。
ここで厳しくはないのですが、趣味として釣りが好きなことをせめてなくて。それはそれでいいのですと。でなくて、そういう好きが高じてという時、好きだからできるのもあるんですが、確実に「自分」だけの満足ではなく、自然に「他人の役立ち」が入っていることが普通です。それをその人が説明できてないのは厄介ですが、まあそういうものだと思います。自分のことは説明できないのはわりと普通なので。
だから、仕事としていなら、自分のやりたいことではなくて、人が求めることをやらないといけなくなるんですね。これもバランスです。人が求めることが、「分かりやすい指導」ならそりゃそうする。けども「さすがにやる気がない釣り客」に対して「はーい、楽しくやりましょうね!」みたいなのができるかどうか。子ども向けならともかく、大人向けでそれってなかなかしんどいですよね。僕はやらないですが、そういうニーズがあってもやるかどうかはまあ考えて判断すればいいんですよ。
って考えていくと、
・釣りが好きでも、
・趣味で自分が満足できればいいのか、人のために役立ちたいかで違うし、
・そのお客さんとする人のニーズに対応したいか、どこまで付き合うかでも違う、
・さらに、それを継続するか、違う切り口ややり方でやるのか、
なんて考えていくと、「釣り指導者」でも全然違うわけです。
仮に、自分が理想とする「釣り指導者」みたいな人がいないから明らめるってのはちょっと違っていて。あなたが「釣り指導者」として、自分がこれだなっていうのがあればですよ、それをやればいいんですよ。これはかなり盲点だと思いますが、シゴトづくりって僕はそういうことだと考えてるのでそれをやりましょう。
つまり、
「あなたが考える、釣りを活かしたシゴトであり、ニーズを見ていてこういうやり方をすればいい」と思えるなら、それをやろうと。それがまさに「釣り指導者」というのが適切かはおいておいて、あなただけのシゴトになるよね、ってことです。
何かを外に出せる、伝えられるなら常にチャンスがある
長くなりましたが、最後にまとめると、
・自分がやりたいこと「だけ」だと狭いし、自己満足になる。その趣味は否定しないが、シゴトとしては厳しい
・シゴトとするなら、人の欲することをやろう
・ただし、結局バランスなので、人の欲することだけでもしんどい(自己犠牲)だし、自分のやりたいことだけ(自己満足)なので、塩梅を探ろう。それもシゴトづくりの一環かと
・やりながらある程度見えたり、自分がやりたいイメージがあるなら、前例の有無は参考程度にして、自分で思い切ってやってみよう。それがニーズがあったり役立てることは普通にあるかなと
というところでした。
ここで、明確に趣味と仕事の違いですが、「そのもので満足するか」「誰かに役立つか」というところでしょう。
ベクトルが、内なのか外なのかといってもいい。もちろん、仕事ってそれで満足する自分もいて、お客さんも満足するとかもあるので両方大事です。ですが、内向きなら外に出すようにして、外向きすぎるなら「犠牲感を薄くして」というアドバイスがそれぞれ言えるわけです。
これが内のみに向かっている人に、外に出してくださいといっても、「面倒だし」「だるい」(笑)みたいになって難しいですよね。強制するものでもありませんから。
また「役立つからやるんだ」はありえますが、それがお金になりづらいものだと(それが駄目とはいってないですよ!)、例えば社会課題で、貧困がどうとかになると、NPOなどの活動になりがちで、非営利ではできるけど(非営利とは無償活動という意味でなく、営利をあげないってことですね・・・)お金を稼ぐとなるとやりづらかったりする。要するのボランティアみたいになりすぎて、自己犠牲になるわけです。
ここをこうすればいいという明確な塩梅、バランスの取り方は僕もわからないというか、難しいなと考えています。
ただ、明らかに内向きなら、向いてないので、外向きにやれるかどうか。やってみたいかとかが大事ですよね。その一歩を考えるとかはできるかもしれないと。
また、外向き過ぎて内向けないのだ、ならそれもそれで自分大事にしましょうといえる。というところでそれぞれ言えることがあるかもなというところです。
長くなりましたが、くれぐれも「好きなことだけで仕事をしよう」とかで騙されるとかはないようにしてください。そんな上手い話はまずあなたに来ることはないんですよ。僕にもです。それはその時点でまあ罠ですから(笑)