ある本を読んでいてやはりそうだなと思った話です。
それは根拠のない自信を信じること(笑)
根拠のない自信というのは、正確にいえば、このように実績や経験があるので確からしいことがいえる、ということではないということです。つまり、直観であり、感覚であると。
なので「ではなぜできるのですか?」といわれても「出来ると思うから」という形で終わります。合理的論理的なものではないということですね。
これだけだとスピリチュアル的で終わるので、そうではないぞいうところで、少し書いてみます。
直観は常に論理より速い
ここでの速さはスピードです。直観とは、論理とか合理とか、理屈みたいなものだと思ってください。多分これらはシステム2と言われて、感覚や直観のようなものはシステム1で速いはずです。脳がまず到達して、直観で「要る要らない」を決めている。その後に「要るので、買うのだけど、買う理由はこれ」というようにモノを買っている人は多そうです。僕もです(笑)
例えば、気になった服。なんか気になったので買うだけですが、それらしい「今新しい服がなかった」「最近のトレンドを押さえている」「値段が思ったより安い」「それは特別のデザイナーや仕立て材料がある」などです(笑)思い当たる人は服でなくていいのですが、あるんじゃないかと。
つまり、決めてから理由を生成しているわけです。だから「決める」のはもっと速いんですね。きっと。
この直観スピードと、論理スピードは圧倒的に直観が速い。直観でいけるという時、まさにここで冒頭の「根拠のない自信」とは言い換えると、直観です。直観では出来ると思っている。しかし、今実績や出来る何かはない。そして説明もできない。出来てないから(笑)しかし、出来ると思っている。
これも人によっては、それならまず経験を積んでからとなるので、それは合理的には正しい。しかし、直観的には間違っているわけです。直観的にはそれ自体でOKだし、完結しているからですね。
直観でいけるならいけるのか?
直観でイケる、達成できる、実現出来ると思ったことはできるか問題ですが、多分出来ます。ただ、それは明日なのか、50年後なのかは不明です。だから、頼りがないんですね。確証がないというか。
よって、それを縮めるというか、確率を高めるために合理を使う、論理を使うというイメージです。例えば合理的にいって、ここまで経験を積めば流石に50年はないでしょとか、10年以内でいけるとか。そういう解像度を上げる行為とも言える。
よって、直観でいけるはいけるんですよ。多分ですけど。ただ、100年とか言われてもつらいですよね。現実的ではない。なので、合理を使う、論理を使う。というのが僕の考えです。
よって、直観だけで出来るというのはかなり危ういんですね。直観はそれ自体全然良いのですよ。ですがそれだけでなく合理で補うこと。それでセットでやれば鬼に金棒です。論理が強ければ直観をどうぞ、直観強めなら論理をどうぞ。そうやってバランスを取ると色々好転するかもしれません。
ちなみに、直観でいけないものがいけるか?ですが、これはその通りで多分ダメなんだと思います(笑)心で念じてやるぞと思えば出来るという話はありますが、多分これは色々飛躍していて、そのために直観ベースで、つまり直観とは、「ただの思いこみ」でなく、「論理的には説明不可能であるが、出来るという確かな手応えや自信がある」状態といっていい。これは、単なる「念じている」とかではないんですね。それでは弱いというか。
なので、直観でできるとか、出来る自信があるは説明できないので、念じているのとぱっと見一緒ですね。ただ念じるとは意識しているわけですが、おそらく直観は無意識レベルの話です。だから、もう説明しようがないということ。
そして、直観だけだと、合理がないのでとても扱いづらい、何をするか分からなさすぎるので、合理を入れましょうと。適度にですね。
直観で判断して、あと付けの論理で固めていく
では熱気とか、やりたいパワーとか、WILLみたいなやつですね。意志ですね。これって何かというと、合理から生まれないんですね。論理から、AだからBだからCだからできるから、「意志」がある。「これをやりたい!」ってなるか?なんですが、ならないと。
では何でなるかというと、好奇心とか、何か楽しいとか、こうするといいのではないかというワクワクです。めちゃくちゃ感覚的じゃないですか?実際に感覚ですよね。僕もそう思っていますよ。
なので、直観が分かりづらければ、感覚と論理といってもいい。感覚の好きとか気になるとかでパワーを出して、それを直観もあればいいし、そしてそれだけでなく合理で補っていく。
スピードは直観や感覚が速いです。ですが精度は悪いはずなので、それだけでは弱いと。だから論理や合理がいるんですね。自分だけで弱すぎるなら誰かとかチームとか色々な人に補ってもらったり、まあ適度に学んで補うのもありですよね。ですが、自分の切れ味や強みがぼやけるくらいなら補わないほうがいいとも思います。
あとはさじ加減です。「俺の作品や直観に従え」といっても、まあ誰も従わないですよね。すごい影響力とかであれば、パワハラに近いというか。色々な業界で色々な問題が起きるのはそういうことなんでしょうね。腕や実力があるだけに逆らえないというか。それってかなりまずい状態なんですけどね。
それはさておき、そこまでない人が従えはまず無理ですよね。だからこそ、合理なり説明していくしかなくて。とはいえ、直観は説明できないですよね?といっているわけなので矛盾しています。
なので矛盾するのをどうするか。そこを色々ジタバタ藻掻いていくのがまあ実践的です。ここをキレイにスマートにショートカットでコスパやタイパでという人ほど、全く実践が足りないということはだけ断言できそうです。