ども~、皆さん元気い~~!
「さぁ、もっと幸せに!」が、このブログのテーマです。
最近、佐藤正午(70)と吉田修一(57)を読むことが多いです。他にも好きな作家はいますが、他の話題作をはさみながら、この二人を交互に読んでいるという感じです。
この二人の小説の舞台には、長崎が多く登場します。長崎県出身だからです。
佐藤正午 佐世保市出身
北海道大学中退後、現在も佐世保市に住む
吉田修一 長崎市出身
高校まで長崎市 その後東京へ(法政大)
それが理由で長崎に行くことにしました。
実は自分が大学生の頃、長崎には行ったことがあります。いまから45年以上も前です。高校時代の友だちとレンタカーを借りて九州一周旅行をしました。
ただ僕の記憶は大変あいまいです。
「大浦天主堂のステンドグラスはたしかに見た」、「オランダ坂かどうかは覚えてないが坂は上った」、「前川清の歌(注1)では長崎は雨が多いらしいが当日は雨じゃなかった」、「グラバー邸は行ったかどうか覚えてないな」
注1)内山田洋とクールファイブ「長崎は今日も雨だった」
「行ったことがあるか?」と質問されれば、「行ったことがある」と自信を持って答えられますが、「何を感じたか?」と聞かれたら、「何も感じてない」と言わざるを得ません。
当時、まだ“ハウステンボス”(注2)はできていませんし、“軍艦島”(注3)も有名にはなっていませんでした。
注2)オランダおよび中世ヨーロッパの街並みを再現した日本最大級のテーマパークとしてスタート。1992年開業。
注3)19世紀末から20世紀半ばまで石炭の量産地であった。1916年に日本初の高層鉄筋コンクリート集合住宅が建設され、近代的な炭鉱都市として専門分野では注目された。その頃、島全体が「軍艦とみまがう」ということで“軍艦島”と呼ばれるようになった。
そんなわけで、海外は体への負担が大きいし、中東情勢が不安定だし、燃料サーチャージなど上がる一方の海外はやめて、『長崎』に行くことにしました。
いざ行こうとすると、「長崎ってどこだったけ?」となりますね!
九州のこんなところに長崎県はあるんですね。あらためて思う。現役のとき、出張を含めてなぜか一度も行ってないな。
長崎市(吉田修一出身地)と佐世保市(佐藤正午出身地)。ここにあるんだ!
「まぁ、とりあえず長崎駅にいけば…」
そして初日〜2日目は、出島、中華街、大浦天主堂、オランダ坂、グラバー邸、眼鏡橋、平和公園…てな感じかな?
まぁきっかけは、作家、吉田修一と佐藤正午なんですが、長崎のガイドブックをさらっと見ると食べるものが個性的で美味そうです。
海外同様、ここでしか食べれないものを食べよう!
・卓袱(しっぽく)料理
長崎の伝統料理。お鰭(ひれ)と呼ばれるお吸い物で始まり、刺身などな小菜盛(しょうさいもり)、豚の角煮などの中鉢、最後に紅白の白玉の入ったおしるこの梅椀(しるこ)。
・ちゃんぽん&皿うどん
なんと言っても本場のを食う!
・トルコ風ライス
ナポリタンとドライカレーの上に、バターでソテーしたカツレツが乗っている。変わってる
・一口餃子
一口で3つも4つも食べるらしい
・刺身、お造りや海鮮丼
海の幸は豊富だわ
・くじら料理
なぜか長崎ではふつうに食べれるらしい
・佐世保バーガー
・(カフェ)ツルちゃんの「ミルクセーキ」
・(カフェ)梅月堂本店の「シースクリーム」(ショートケーキ)
・老舗菊水大徳寺の「大徳寺焼餅」
・カステラ(福砂屋本店、文明堂総本店、松翁軒、和泉屋大浦天主堂前店など)
やっぱりお土産はこれか?
ペリー来航の頃まで200年以上も続いた江戸幕府の鎖国政策。その間、長崎出島は中国とオランダとの貿易ができました。異国情緒を肌で感じられるのではと思います。
また佐世保は軍港であったために戦争で大半が焼けました。その後、貿易や造船業の都市として復興し、また米軍海軍基地のあるアメリカンな町として賑わっています。そんな雰囲気を味わえるでしょう。
佐世保に行ったらハウステンボスも…とか、平戸も捨てがたい、雲仙島原のお湯も良いぞ、五島列島もおもしろそうだし、こりゃ4日じゃ足りないかも?
これからも「四柱推命」を活用しながら、皆さんの幸せのお役に立ちたいと思っています。
次回以降も、キンおじさんのブログ、よろしくね~~。