ふりんの裏側 Vol.2 彼の “やさしさ” に縛られていた私

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コラム

ふりんという名の片想い、罪悪感・執着・孤独の中で

「やさしさ」は、本当の愛じゃなかった。

「ちゃんと好きだよ」
「大事に思ってるよ」
「離れられないんだ」

そんな言葉に、わたしは何度もしがみついた。
彼のやさしさは、わたしを救ってくれるものだと思っていた。
だけど…あとからわかったのは、
そのやさしさは“罪悪感を和らげるため”のものだったということ。

彼は、わたしを傷つけるようなことは言わなかった。
怒鳴ったり、無視したりはしない。
それどころか、落ち込んでいるときは「大丈夫か?」って声をかけてくれた。
記念日に会えないことを謝りながら
「必ず埋め合わせするから」と言ってくれた。

でもその「埋め合わせ」は、
結局いつも “彼の都合がいい日” だった。

わたしは、彼のやさしさを「愛」だと信じていた。
だけど今思えば、
その“やさしさ”こそが、いちばんわたしを縛っていた。

言葉でつなぎとめるけれど、
本当に欲しい時に、そばにはいない。
「お前のこと、一番大切に思っている」って、
言葉は優しくても、行動が伴わなかった。

本当に、わたしのことを思ってくれるなら。
不倫なんて関係を、続けさせないはずだった。
ちゃんと別れてくれるはずだった。
未来の約束をくれるはずだった。

でも彼は、そこには踏み込まない。
踏み込む気もない。

それでもわたしは、
「わたしにはこの人しかいない」
「こんなに、わたしの事を思ってくれる人は他にはいない」
とまで、思っていた。
だって、離れるのが怖かった。
離れられなかった。

でも──
それは「愛」じゃなくて「依存」だったんだ
って、後になってやっと気づいた。

ううん…
もっと、言えばわかってはいるけど
認めるのが、嫌なだけだったのだと思う。
彼を好きなじぶんを否定しているようで…

わたしが欲しかったのは、
“誰かを困らせない恋”じゃなくて
“ちゃんと向き合ってくれる人”だった。

そしてわたしは、自分自身と向き合うことをずっと避けていた。

彼が悪かった、私がバカだった──
そんな単純な話じゃない。

でも今、あの頃のわたしに言えるとしたら、こう言いたい。

「やさしい言葉に縛られて、動けなくなってるなら
それはもうやさしさじゃないよ」って。


「やさしさ」は、時にいちばん残酷になる。
いつか、抜け出せるといいね。
あなたの人生に “あなたを苦しめる人” はいらない。


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