こんにちは皆様。
買い物は嫌いです、雨の日の買い物は最悪だ、そうは思っていても買わなければいけないものは有る。
仕方ない、買い物に行くか。
重い腰を上げて買い物に行く、行くとなったら、買い物メモに書いてあった物全部を買おうと思う。(雨だからやめておけばいいのに)
娘に頼まれた物も買おうと意気込んだ。
レタスクラブって雑誌を買いたかったらしい、先日買い物に行ったのだが、コンビニで買おうとしたらなかったらしい。
これは本屋に行くしかない。
本屋は今の私にとって禁忌の場所、『欲しい物が多いんじゃ』と脳内では声が掛かっている、だけど切実財政のワタシは買うことが出来ない、読める所まで立ち読みしてしまう可能性あり。
そうだ、必要な物だけ買って帰れば良いのだ(当たり前ですが)今日はレタスクラブしか買わない、決意固く本屋に乗り込んでみる。
本やって所は本を売るところなのに、トイレに行きたくなったり、コーヒーが飲みたくなったりするのは何故だろう?
本屋にコーヒー飲む所とちょっと離れてトイレがあれば、入りびたる人この上ない(そんな本屋もあるには有るが)だがイカン、今日の私の使命はレタスクラブを買う事なのだ。
料理本の雑誌のコーナーにはレタスクラブ以外にも雑誌がある(あるに決まっている本屋ですもの)オレンジページでも同じ様な特集やっている、これも買おうかな、イカン本屋の罠に嵌ってしまっている。
ここはスルーして、その横にははるみがある、料理研究家の栗原はるみさんの雑誌だ、はるみはこの頃読んで無かった。
お金が厳しいのもあるが、もう一つ栗原さんが夫君を失って、それでも笑顔を見せなければいけないのが辛いだろう、あの笑顔は絶対に無理に作っている、そう考えると見るのが辛かったからだ。
やはりはるみさんは笑っていた。
しかしコラムのような文章を読むと、亡くなった夫君への感情が書いてあった、夫君が残した服を自分様に直して着ようと思っているらしい、包まれている気持ちになるそうだ。
こんな風に愛し愛されるのはどんな事だろう?
私は自分の方から手を放してしまったので(少なくとも彼はそう思っている)死ぬまで、死んでもの気持ちが解らない。
良い意味でも悪い意味でも、ちょっと感情が足りないのかもしれない、愛とか恋とか思い込みに近いものを2人で共有して生きるのは難しいだろうな。
立ち読みの手を止め『イカン、帰らねば。』と心で叫んで帰途についた。
いつも、有難うございます。