言葉の賞味期限、消費期限?

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こんにちは皆様。
偶に数年前の文を読んだりして、自分の文才の無さに驚いたりするのだが、発想は面白い時がある。
文を書くという事は言葉を操るという事で、発した言葉に責任を取る気概が無いといけない。
言葉は書いた人の意図とは、違う方向に独り歩きする者もいて、自分以外の人に理解して貰うのは至難の業なのだ。

昔、分子生物学者の渡辺格先生と安部公房先生の対談を見たことがある、その中で安部公房先生は「分子生物学は怪物を作ってしまう場合があるので危険だ」と仰っていて、それに対して渡辺格先生は「文学は人を扇動させるのでもっと危険だ」と仰っていた。

その通りで文学は人を扇動させることが出来るツールなのだ、(言葉と言ってもいい)そこで声を上げるのは自分が成立していないと出来ない作業なのです。

朝ご飯の時に昔の話をすると「解らん、C言語で言って」と三女に言われることがある、C言語は知らんがなやけど、自分の言葉を成立させて、尚且つ相手が同じ言葉を理解してくれなければ、扇動どころか、理解しあるところにさえ行かない。

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その上言葉には賞味期限がある、これは私が思っているだけですが、言葉は現れたり消えたりするものが有って、文学は成り立っている、同時代にしか解らない言語も存在するのだ。

ただし、賞味期限は有っても消費期限は無い、不味くても食べられたりするのが不思議である。

前にはドラえもんの道具で、「言葉の賞味期限スコープ」が有ったら出して貰って、自分の文を照らして貰いたいと書いていたのだが、今は賞味期限は切れているが、消費期限内なので不味くとも味わってほしいと思っている。

私は面倒な人間だな。

いつも付き合って下さってありがとうございます。



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