子どもが「家を出て、やりたいことがある」と言ったとき、親は何を思うでしょうか。
危険な目に遭うかもしれない。
困ったことが起きるかもしれない。
元気で帰ってくる保証だってありません。
できることなら、自分の目が届く範囲で成長を見守りたい。そう思う親御さんも多いと思います。
私にも、息子と娘がいます。
二人がそれぞれ外へ出たいと言ったとき、私は「子どもの人生を、子どもに返そう」と決めました。
心配がなかったわけではありません
特に娘には、自分の軸がまだ十分に育っておらず、人に流されやすいところがあるように見えていました。
だから、本当は心配でした。
それでも、心配だからという理由で、娘の人生を私の見える範囲に置いておくことはしませんでした。
住んでいる住所など、何かあったときに必要なことは知っていました。しかし、どのような部屋で、どのような生活をしているのか、細かく確かめに行くこともしませんでした。
息子に対しても同じです。
私が決めた「切り離す」とは、関係を断つことでも、見捨てることでもありません。
子どもの選択を、親の不安で奪わないということでした。
心配という名前で、子どもを握っていないか
親が子どもを心配するのは、自然なことです。
けれども、その心配の中に、
「私が見ていないと、この子は何もできない」
「失敗しないように、先に教えておかなければ」
「私のそばにいれば安心なのに」
という気持ちが入り始めると、見守ることと、子どもの人生を握ることの境目が分からなくなります。
子どもを心配しているようで、実は親自身が不安にならないように、子どもを自分のそばへ置こうとしていることもあります。
私自身も、そこを何度も考えてきました。
子どもではなく、自分の人生を見る
現在の私は、自分の仕事や収入、健康、これからの人生をどうするのかに向き合っています。
自分の人生に集中するようになると、子どもが今何をしているのか、何か困っていないかと、必要以上に意識を向けなくなりました。
それは、子どもに関心がなくなったということではありません。
子どもの人生と、私の人生を分けて考えられるようになったのだと思います。
親が自分の人生を立て直そうとすると、子どももまた、自分の人生を歩きやすくなります。
家庭では、親の考え方や生き方が、子どもに影響します。
川の水が上流から下流へ流れるように、まず親が自分の人生を生きる。その姿を見て、子どもも自分の足で立つことを覚えていくのではないでしょうか。
変えられるのは、子どもではなく自分の関わり方
親が子どもを思いどおりに変えることはできません。
変えられるのは、自分の選択と関わり方です。
もし今、子どものことが気になって仕方がないなら、自分にこう聞いてみてください。
「私は本当に子どもを心配しているのだろうか」
「それとも、自分の不安を消したいのだろうか」
「子どもに向け続けている意識を、自分の人生へ戻すとしたら、私は何をしたいのだろう」
心配を完全になくす必要はありません。
ただ、その心配を理由に、子どもの人生まで親が背負わなくてよいのです。
子どもの人生を子どもに返し、自分の人生を自分に戻す。
これは、私が親としてできた一つの選択です。
親子の距離をどう取ればよいのか分からない方、自分の心配と子どもの問題を分けられず苦しくなっている方へ。
誰が正しいかを決めるのではなく、今何を怖がり、何を手放せずにいるのか。そこから一緒に整理していきます。