国語講師のひとり言「『国語の○○が苦手』と言おう」

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コラム
『個別の授業で面と向かっては言いにくい話をコラムにしています。ですのでタイトルも「ひとり言」。日々の指導で気づいたあれこれを綴ります。』
血液型占いによれば、A型はきちょうめん、B型はマイペース、O型は社交的となります。

自分の血液型に照らして「たしかに当たっているなぁ」と思わされますが、それでもやはりこの決めつけには問題があると言わざるを得ません。

なぜならどんなに典型的なA型の人だって、1年365日、1日24時間たえずきちょうめんであるはずがないからです。

たとえきちょうめんな傾向が強いとしても、まるでズボラな日もあれば、物事によってはきちょうめんとは程遠い面もあるでしょう。

にもかかわらず「わたしはきちょうめんな性格だ」と自己規定してしまうと、自分自身のあるがままの姿に自ら目をふさぐことになりかねません。

何にせよ単純化にはメリット・デメリットの両面があります。

これはたとえば勉強についてもあてはまる話です。

「わたしは国語が苦手」と自覚していること自体は、自覚がないよりかははるかにマシです。

しかし本当に国語のあらゆる学習事項が苦手なんでしょうか?

ひと口に国語と言っても、漢字もあればことわざ・慣用句もあれば、文法もあれば文学史もあり、だれもが苦労する文章読解の問題もあるわけです。

文章読解ひとつに限っても、物語文もあれば説明文・論説文(この2つもそれぞれ微妙に異なる)もあれば随筆文もあるわけです。

さらに言うなら読解問題の設問には、記号選択問題もあればぬき出し問題もあります。

文章中の言葉を使って書く記述もあれば、本文加工NGの高度な記述もあり、字数の長短を含めそれこそさまざまな種類があるわけです。

これらすべてがひとつ残らず「苦手」であれば、それはたしかに「国語が苦手」と言える状況だとは思います。

しかし実際は、「文章読解はダメだけど漢字なら」とか「説明文はなんとかなるが物語文はお手上げ」といった"出来不出来のまだら状態"ではないかと。

「国語が苦手」と十把(じっぱ)ひとからげにせず、「国語の物語文が苦手」「文章読解のぬき出し問題が苦手」のように自分の状況を正確に表現しましょう。

そうすれば克服すべき対象が明確になりますし、やるべきことが多すぎると感じて嫌気がさすリスクも回避できるはずです。





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