『読書講座で生徒さんといっしょに読んだ本のうち、とくに感銘を受けたものを紹介します。』
※読後感を書いたため多少ネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。※
『ソノリティ はじまりのうた』(KADOKAWA)は、佐藤いつ子氏による書下ろしの長編小説です。
2023年度の中学入試に多くの学校で出題されたことで知られますが、あらためて手に取って読んでみると、物語として非常に高いレベルで完成された作品だと感じました。
主人公は中学1年生の水野早紀。
引っ込み思案な性格で、中学校では吹奏楽部に入部するも、先輩に押し切られる形で不本意なチューバの担当に。
そんな早紀が、吹奏楽部だという単純な理由により、クラス対抗の合唱コンクールの指揮者に選ばれるところから物語が始まります。
天才肌のピアノ奏者・井川音心(そうる)、バスケ部所属で切磋琢磨しあいながらも性格は真逆の山東涼万(りょうま)と武井岳。
明るく元気な性格でリーダーシップを発揮するも、過去にオンチと言われたことがトラウマになっている女子バスケ部のキンタこと金田晴美。
1人1人の個性が際立っているのは、章ごとにそれぞれの視点で物語が進行する大胆な構成からもわかります。
中学受験の国語の物語文でも、ごくごくまれに文章中で視点人物が変わり、「??」となって焦らされることがありますよね。
ただ本作については誰が視点人物なのかは章の冒頭で明示されるので、読みづらさはみじんも感じさせません。
また恋愛物語ではありませんが、中学生らしい淡い片思いも描かれています。
クールな井川音心を除く4人が、好ましく思う相手をそれぞれ見つけながらもたがいに見事にすれ違う設定は、作者の心にくいまでの戦略を感じました。
塾の模試の物語文で、女の子と男の子のあいだに流れる好意の感情が描かれると、とたんに理解が行き詰まりがちな小6男子にもおすすめですね(笑)。
短いプロローグに始まり、同じく短いエピローグで終わるこの物語では、主人公・早紀の心の成長がじつにていねいに描かれます。
抽象的な物言いや内面の葛藤などの描写は最小限におさえ、あくまで合唱コンクールを目指すクラスメートたちとのやりとりを通じて、ごく自然な形で提示されているところがとくに素晴らしいと感じました。
チューバの担当にされても内なる不満を伝えられなかった消極的な少女が、仲間とのつながりの中で少しずつ変化していき、エピローグではやや権威主義的なところのあった父親にはっきりと自分の意思を伝えます。
プロローグ、エピローグともに早紀の家庭の場面なのですが、人間としての彼女の成長が、家族との交流によってではなく子どもにとって社会の入り口である学校空間でなされることもたいへん象徴的です。
タイトルである「ソノリティ」は、フランス語の sonorité で、音色や響き、共鳴といった意味を持つ言葉。
早紀・音心・涼万・晴美・岳という5人の中学生が、合唱コンクール優勝を目指す道筋の中でそれぞれの"音色(=個性)"を響かせ、たがいに"共鳴"し合う過程がこれ以上ないほど豊かに活写されていたと思います。
中学受験を目指す小学6年生は読書の時間もほぼ取れないとは思いますが、新小6年の春休みならまだチャンスあり。
読む時間を割いても、決して損はしない傑作ですよ!