早川 治36歳 現場作業員だ。
顔は毎日屋外の肉体労働で赤銅色に焼けている。
早川の仕事は上下水道の設備工事だ。
50階建てオフィス商業ビルが現場となっている。
道路の地下に埋設された水道局の本管からビル内に引き込む給水引き込み管の設置から各部屋への給水管13ミリ鋼管や耐熱パイプなどが網の目のようにビル内に張り巡らす作業だ。
鋼管のネジを切りパイプレンチで締め付け取り付け工事を毎日延々とやらなければならない。
しかし、早川は特に特技も無く学歴も無い。
他の仕事を見つけても似た様な仕事しかない。
体はキツイがそこそこの給料になると割り切って仕事を続けている。
いつものように早川は会社に出勤したが会社の様子がいつもとの違いに気が付いた。
同僚の仲間たちが社内に入らないで外で何やら話をしている。
何故会社のドアが閉まっているのだ
と先に来ていた同僚に訊いた。
どうも社長のヤツ夜逃げしたらしいと
同僚が興奮した様子で話した。
後から社員が次々に出勤して来る
総勢20人以上の社員が会社に入れなくて玄関の前に屯している。
そう言えばこの前銀行員が来て何やら深刻に社長と話していたと
同僚が言った。
前回受けたプラントの仕事で大きな手直しを指示されてそれで大赤字を食らって給料が遅配になるかもと言う噂が社内に立って居た。
社長は鬱病に罹って心療内科にかかっていたと他の同僚が言った。
どうも原因はその辺にあるようだと同僚がタバコを吸いながら言った。
全員社内に入る事は出来ない。
タイムカードを押す事も出来ない。
押した所が給料の計算に成らないだろう。
一台の車が入ってきた。車の中から銀行員が出て来た。
昨夜遅く白石社長からメールで金を返済できないので命で返済するとの内容だと話した。
その三日後、警察から社長の訃報が報告された。
白石社長は山の中で首を吊ったと。
全員が残りの給料を貰えないまま無職となった。
銀行は白石社長に高額の資金を貸し付ける時に死亡保険を掛けさせていた。
銀行は貸付の分全額が回収された一銭の損失も食らわなかった。
確かに社長は命で完済したのだ。
早川は社宅を追い出された。
社宅は銀行の管理下に置かれた。
最初はカプセルホテルやネットカフェ等に泊っていたがお金が勿体ない。
俺は億万長者じゃないからなぁ。
いつまでもこんな生活を続けていたらホームレスだ。
早川は最後の残り殆どの金で軽自動車ワンボックスカーの中古を買った。
その中に毎晩寝る事にした。
しかし、簡単に寝る所は無い。
駐車違反にならない所じゃないと拙い。
住宅街の中の道路に一晩中停めて寝ると必ず警察に住民から不審な車がずっと停まっていると通報される。
河川敷など橋の下あたりの淋しい所は寝ている間に不良から石を投げられる。
高速のパーキングは良いが高速代が要る。
こうしてみると車一台安心して無料で停められる所は意外と無いと思った。
やっと見つけた所が岸壁だ。
しかも釣り客が夜釣りをしているような場所が最適だと分かった。
夜釣りの人達の車に並べて停めて中で寝ていても不審がられないしパトカーが警ら中でも不審に思わない。
早川は暫くこの場所を自分のねぐらと決めたのだ。