「優しいね」と言われることが、苦しくなったとき

「優しいね」と言われることが、苦しくなったとき

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コラム
あなたは、周りから

「優しいね」
「怒らないね」
「穏やかだね」

そんなふうに言われる
ことはありませんか?

私は、昔からよく言われていました。

「優しいね」
「怒らないね」

子どもの頃の私は、それを
とても嬉しく思っていました。

だって、優しいことは良いこと。
怒らないことも良いこと。

そう思っていたからです。

周りの人が穏やかでいてくれるなら
私が少しくらい我慢すればいい。

相手が喜んでくれるなら
「いいよ」と言ってあげればいい。

そんなふうに、いつの間にか
「周りが穏やかでいること」を
大切にするようになっていました。

そして私は、それが良い人でいる
ことだと思っていたんです。

でも、大人になるにつれて
少しずつ苦しくなっていきました。

「優しいね」と言われても
なんだか自分に個性がないように感じる。

「私は、いったいどんな人間なんだろう?」

そんなことを考えるようになりました。

何でも「はいはい」と言うのが良い子なの?
怒らないことが、本当に良いことなの?

相手に合わせられることが
優しさなの?

もちろん、私は
優しい人でありたい。

でも……
私だって、わがままを
言いたいことがある。

嫌なことだってある。

腹が立つことだってある。

本当は「嫌だ」と思っているのに
「いいよ」と言ってしまうこともある。

私にだって
自分の意思がある。

自分の人生を
自分で選ぶ自由がある。

そんな気持ちが、少しずつ
心の中に溜まっていきました。

そして、あるとき
私は大きく感情を爆発させました。

「私だって嫌なものは嫌なんだ!」

そんな気持ちが出てきたんです。

今振り返ると、それは決して
悪いことではなかったと思います。

むしろ、ずっと奥のほうに
置き去りにしていた
私自身が、やっと声を上げた
瞬間だったのかもしれません。

それから少しずつ
「私はどうしたい?」
「本当はどう思っている?」
「これは好き?嫌い?」

そんなふうに、自分の気持ちを
考えるようになっていきました。

すると、不思議なことに
少しずつ生きることが
楽になっていきました。

優しい自分を捨てる
必要なんてなかったんです。

ただ

優しい=何でも我慢する

ではなかった。

相手を大切にしながら
自分の気持ちも大切にしていい。

相手を尊重しながら
「私はこう思う」と言ってもいい。

誰かの機嫌を守るために
自分の気持ちを消さなくてもいい。

今の私は、そう思っています。

もしあなたも

「優しいね」と言われるけれど
なぜか生きづらい。

人に合わせることはできるけれど
「私はどうしたい?」と
聞かれると分からない。

嫌なことがあっても
「まあ、いいか」と自分を
納得させてしまう。

そんなことがあるのなら

もしかするとあなたの中にも
まだ十分に声を聴いてもらえていない
『本当の気持ち』があるのかもしれません。

あなたは、本当はどうしたいですか?

「嫌」と言ってもいい。

「やりたくない」と言ってもいい。

「私はこうしたい」と言ってもいい。

優しいあなたのままで
自分の人生を自分で選んでいく。

そんな生き方も、きっと
できると思います。



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