「生きてるよ」その言葉が胸に残った日

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コラム
少し前の話しになるのですが
姪っ子が『アンパンマン』に
ハマっていた時期がありました。

私も、懐かしい気持ちで
一緒に『アンパンマン』を
見ていると
自然と流れてくる
おなじみのテーマソング。

アンパンマンのマーチ

音楽が流れると
つい口ずさんでしまいます。

でも改めて歌詞をじっくり
聴いてみると…

これがもう驚くほど深いんです。

・-・-・-・-・-・-・

そうだ うれしいんだ
いきる よろこび
たとえ むねのきずが
いたんでも

なんのために うまれて
なにをして いきるのか
こたえられない なんて
そんなのは いやだ!!

・-・-・-・-・-・-・

ふと、冗談半分で
3歳の姪っ子に
こんな質問をしてみました。

「〇〇ちゃんにとって
生きるってどういうこと?」
「なんのために生きるの?」

すると、少し考えてから
こんな答えが返ってきたんです。

〇〇ちゃんはね、生きてるんだよ。
生きてるから、歩いてるんだよ。
ほら、見て!こうやって歩くんだよ

そう言って、
目の前で一生懸命
歩いて見せてくれました。

その姿を見たとき、
胸の奥が、じんわりあたたかくなって。

ずっと
「生きる意味」や
「ちゃんと生きなきゃ」と
考え続けてきた私にとって
その言葉はとても力強く
まっすぐ心に届いたのです。

今この瞬間を感じて、
息をして、歩いて、存在している。

それだけで
もう「生きている」。

無理に答えを出さなくても、
立派でいなくても
今を感じていること
そのものが
生きる喜びなのかもしれません。

そんなことを、
3歳の姪っ子に
教えてもらった
やさしい時間でした。

ただ、ここでひとつ
正直な気持ちを書いて
おきたいなと思います。

今を生きることが大切。
それは頭ではわかっていても
それができなかったから
私はずっと生きづらかった。

「ただ生きているだけでいい」
そう思えなかった。

ちゃんと意味があって
ちゃんと役に立って
ちゃんと認められなければ
ここにいてはいけない気がして
だから、いつも心はどこか緊張していて
無意識のうちに
人の顔色を見て、空気を読んで、
自分を後回しにしていました。

本当は、
ただ歩いているだけで
「生きてるよ」って思えた
あの頃の感覚を
心のどこかで
ずっと忘れていたのかもしれません。

生きづらさって
特別な出来事があるから
生まれるものじゃなくて。

安心して
「ここにいていい」と
感じられる場所が
なかっただけなのかもしれません。

もし今、
理由はうまく言えないけれど
なんだ息苦しい…

ちゃんと生きているはずなのに
心だけが置いていかれているような
そんな感覚があるとしたら

それは、あなたが弱いからでも
頑張りが足りないからでもありません。

ただ、心が少しだけ
疲れているだけ。

もしかしたら「生きてる」感覚を
取り戻していく途中なだけ。

このブログが、
そんなあなたの心に
そっと触れる場所に
なれたら嬉しいです。



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