「お参り」は「神様との約束」

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コラム
今日の納品は1名様。
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お子様のお引越し先の鎮守神社鑑定でした。
転居作業が滞りなく進むようお祈りいたしております。



今日の話は、あくまで私個人の考えで、他人に強制するものでもなければ、
「これが正解、これ以外は間違い」
と主張するつもりもありません。


「こんな考えもあるんだなあ」くらいに思ってください。


あなたは、どんなきっかけで神社に行かれましたか。

お宮参り、七五三、結婚式や厄祓いといった節目でしょうか。
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お祭りや初詣といったイベント、観光がてらにその土地の有名な神社に訪れたという人もいるかもしれません。

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その他、合格祈願や縁結び、どうしてもこのプロジェクトを成功させたいといった『お願いごと』のために神社へ足を運んだ人も大勢いるでしょう。

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どんなきっかけにしても神社に行ってお参りするとなると・・・
お賽銭を入れて
鈴を鳴らして
柏手を打ち
何かしらの祈願をする人がほとんどだと思います。

しかし私の考えは少し違います。

神頼みはしない。
神様にお願いするのではなく、神様の前で誓いを立てるために神社へ行く。
私自身はそう決めており、人にもおすすめすることもあります。

資格試験でも就活でも受験でも、どうしても合格したい試験があって神社へお参りに行ったとします。

「神様お願いです、受からせてください」というのが「神頼み」。

「絶対に受かりたいので、全力を尽くします。神様、どうぞお見守りください」というのが「誓い」。

この二つが求める結果は同じです。

しかし、「神頼み」なのか「誓い」なのかによって、その人がどう行動するか、そのプロセスは全く変わってきます。
私はそんな気がしてなりません。

「神様に頼んだのだから、あとはもう大丈夫」なのか。

「神様に誓ったからには、自分も本気で頑張らなきゃ」と思えるか。

その違いで行動が変わって、結果も変わってくると思います。


「神頼み」はいわば他力本願で、神様にすべて丸投げ、お任せしっぱなしです。

一方の「誓い」であれば自分も努力しなければなりません。
まずは自力で精いっぱいやると誓って、「見守ってください」と神様にお願いする。
神様と約束できるくらい、自分は真剣だということです。

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とはいっても人生にアクシデントはつきものだし、自分の努力ではどうにもならないこともあります。

なので、約束をしたうえで
「本番では実力が存分に発揮できるように後押ししてください、そしてその先にある成功までのお導きをお願いします」
と神様にお願いする。

この一連の心のいとなみこそが「誓いのお参り」であり、お参りを通じて神様の前で自分を見つめ直し、大きな約束をして、願いが叶う。
そんな風に思います。

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日本人の道徳心やマナーの良さは世界中から賞賛を受けるほど素晴らしいですが、心のどこかに「神様が見ている」という意識があるためではないでしょうか。

昔はよく「お天道様が見ているよ」と言われたものです。
もし間違ったことをしたら、誰も見ていなかったとしても、空や木々や風の中にいる神様には全部見られていると。

私たち日本人には、そんなDNAが連綿と受け継がれているのではないでしょうか。



神様に対しては、嘘やごまかしは通用しないものだと思います。

そして私たちには、神様以外にも嘘をつけない相手がもう一人います。

それは自分自身です。
自分の心だけはごまかすことができません。

さらに神様の前で誓うということは、嘘をつけない相手が自分と神様の二人に増えることになります。

自分一人の心の中で決めるより、神社にお参りして神様に誓ったときの方が真剣度はぐんと上がります。

目標が達成できるかどうかという結果も、当然変わってくるのではないでしょうか。


お参りとは、自分の心と神様に約束すること。
神様を意識すると行動が変わるということ。
「神頼み」ではなく、「誓いのお参り」をしてみませんか?

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