「あんな時期にすら街へ出てくる人が、最高のお客様なんですよ」
コロナ禍の真っ只中、誰もが外出を自粛していた頃の話です。
ある営業会社の担当者と話す機会がありました。「こんなに人が出歩かないと、営業も大変でしたよね」と水を向けてみたら、返ってきた言葉が今も頭に残っています。
「いえ、そんなことないんですよ。むしろ、あんな時期にすら我慢できずに街へ出てきてしまうような、自制心の効かない人こそが、僕たちにとっての最高のお客様になるんですから」
聞いた瞬間、ゾッとしました。
「自制心が効かない人」——それは私たちADHDの特性を、ほぼそのまま言い当てた言葉でした。あの言葉は思いつきや皮肉ではありません。営業の現場での、実務的な認識です。
マニュアル化されたADHDの思考回路と行動様式
営業や販売のマニュアルには、心理学ベースの購買誘導技術が体系的に整理されています。代表的なものをいくつか挙げます。
熟考させる時間を与えず、感情が高ぶっているうちに判断させる。
「断り続けるストレス」で消耗させてから、契約という「出口」を見せて楽にさせる。
「今だけ・残り少し・期間限定」という言葉で、今すぐ決断させる。
これが、私たちの脳とどれほど相性が悪いか、想像してみてください。
刺激に過敏に反応するドーパミン系。目先の快や解放感を優先してしまう衝動性。疲れるとワーキングメモリが飽和して「もうどうでもいい」になる認知的疲弊。
彼らはその仕組みを知った上で、言葉を選んでいます。善意や偶然ではなく、意図的に。
収益源として設計された「我慢できないADHDの衝動性」
じっとしていられない多動性は、不要な外出を生みます。すると接触機会が増えます。情報の優先順位をつけられない不注意さは、契約書の細かな「特約」を読み飛ばさせます。
その場の空気や感情的な緊張に耐えられない衝動性は、「もういいや、買う」という判断に直結します。
私たちが日常生活で感じている「生きづらさ」が、売り手にとっては「効率的に収益を引き出せる脆弱性」として機能しているのです。
これは自己責任の話ではありません。システムの話です。
でも、だからこそ——。
自分たちの意志は、自分たちで守るしかありません
私たちにできること
売り手が心理戦で仕掛けてくるなら、こちらも自分の脳の仕組みを知った上で動くしかありません。それが、今の私たちにできる最も現実的な対抗策です。
難しいことではなく、小さな習慣の積み重ねが大切です。できることから始めていきましょう。
感情が高ぶっているときの大きな決断は、一晩置くべきです。翌日の冷静になって自分に判断させてみると、「やっぱりいらなかった」と気づくことが多いはず。
「今すぐ決めないといけない」という状況になったときは、罠だと疑いましょう。本当に必要なものに、締め切りはそれほどないはずです。
疲弊したワーキングメモリで契約するのは、最悪のタイミングです。「考えます」と言って席を立つ権利が、私たちにはあります。
「断り疲れ」を感じたら、だまってその場を離れましょう。スマホを観て「あ、母からLINEだ」とかいって、きっかけを作りましょう。
欲しいのか?必要なのか?自分の気持ちを考えてみる
「なぜ今、買いたいと感じているのか」を一言でいえないときは保留してください。「欲しいのか?必要なのか?」考えてみましょう。それだけで、かなり違ってきます。
私たちの特性は、欠陥ではありません。ただ、この消費社会の構造の中で、真っ先にフォーカスされるターゲットです。それを知っているかどうかが、大きな差になります。
あの営業マンの一言は、私にとって最も苦く、最も鋭い警告になりました。
同じ当事者として、皆さんにも伝えておきたかった。自分の意志をちゃんと守っていきましょう。