孤独の波上に 現れる友

記事
占い

紫微斗数✦占星術師
bleachです。

主題はもちろん
孤独について。


結論としては

孤独を怖れない人に
それは友として現れる


構成

:上記

※加筆修正済み。
(約2,000文字)


この文脈に乗せて
孤独を嗜む占星術師が

私見を書き連ねます。


不安だけ煽る文ではなく
分かりやすさを

心掛けました。


日々の生活を
独り向き合う人に

また、世間体や周りの評判を
氣にも留めないよう耐える方に。


では、こちらから。



  ***

【 独り進む旅路に


昭和の高度成長を
遠く感じ

家族のカタチは
大きく変わり

特筆すべきは
単身で暮らす人々が

想像どおり増えたこと。


多くの面では
生活が楽になった分

独り暮らしで
果てない孤独を感じる時代。


そこで、思います。


大切なのは
光る画面に煽られた

不確実な不安に駆られ

煽られた”為すべき事”を
考えるより

自分の内面に目を向けること

その辺りだろう と。



【 運命との悪戯に


人生を語る際
人にはそれぞれ

宿命という固有の
設計図がある様です。


そしてまた
宿命とは異なり

日々の行いや選択の結果
生まれる人生の流れを

運命と呼びます。


宿命は存在するけれど
それが全てではなく

変えられる面もある。


例えると
建物の設計図はあるが

必ずしも図面どおりには
完成しないケース

欠陥工事の話を
見聞きされた方も多いはず。


戸建て住宅ですら
完成された設計図を用いても

作る者の考え、経験
心掛け次第で

出来上がりが変わる。


そもそも
人間が作るものに

完璧な物などないでしょう。


そのような世界を
日々生かされる私たちは

様々な要因で
人生を左右されます。


何か問題が起きたとき
運命の悪戯か

などとよく言われますよね。


例えば孤独な日々は
宿命なのかそれとも

運命の悪戯の
仕業なのか。


占星術師としては
どちらもあると思います。


宿命であれば受け止め

別の何か
特別な光る才能の

芽を伸ばす。


もし運命の悪戯であれば
そこから何かを学ぶ。


それがきっと

自分と向き合う上での
スタートライン。

次また同じ経験を
繰り返したくないなら。



【 荒波霞む暗闇に


長い船旅で

荒波を避けては
目的地に到着できません。


ひとたび海洋に出れば
昼夜問わず

絶え間ない大波が
小さな船体に押し寄せます。


さらにお月様の霞む夜
暗闇を進むのならば

そこは

上も下も判別不能な
天地混沌の世界。


揺れに揺れる足元を見ては
拠りどころに迷い

波に呑み込まれてしまう。

足場を固め、命綱を握り
氣合いで乗り切るしかないでしょう。


そこで頼れるのは
自分の心。


常に自分に寄り添い
言葉で、感情で

そして直感という名の
不思議な力まで引き出して

困難を遠ざけてくれる
可能性を持ちます。


それが真実なら

孤独な自分には
いま何ができるのでしょう。



  旅の余韻は永遠に 】


人生の本質とは
その時間の長短に関わらず

どれだけの”自分”を生きたのか

そう思います。


先に挙げた
完璧な設計図など人生になく

もし孤独との出会いが
偶然必然いずれにせよ

自分には避け難いのなら..


その環境を前提として
いかに自分らしく

また

人であることも忘れずに
日々を楽しみ学べたか

それが重要だと感じます。



そもそも
心は

いとも容易く揺れるもの。


 **


ふと思ったのですが
心って象形文字らしいですけど

見かたを変えると

容器(”心”の真ん中の線)から
溢れ零れる水飛沫(3つの点)にも
見えたりします。


型になど嵌らないのが
心。


常に移り変わる心を
一定の型にはめたりなんて
出来ませんよね?

無理やり行えば
人としておかしな方向に進んだり。


..話が少し逸れました。


さて
人生という波の揺れには

人それぞれの色や形があり
本人の智慧と経験によって

様々な違いを生じます。


その、ともすれば微妙な違い
それがじつは
とても重要なのでは、と。


芸術の世界でよく
”神は細部に宿る”

と言われる様に。


 **


大海原が比較的穏やかな時に
生み出す波も

大しけで荒れる浪にも

対向したり抵抗したところで
自然のエネルギーを

打ち消すことなどありません。


また、例えば数字の世界で
マイナスにマイナスをかけると

真逆の性質である
プラスに変わります。


 **


ここからは
空想のお話です。



心の揺れを

孤独という名の
波の揺れに合わせられたなら。


映えとフォロー数が全能を生む
SNS全盛の時代にあっても

膨大なフォロワーという波で
演出される非現実の数々に
氣を病まず

心穏やかに

かつ
周りに惑わされることもなく


その奥底に眠る安らかな魂の出す
微かな声を聞き分けられる
かもしれません。


真剣であればこそ
神経を擦り減らす長旅で

魂の領域から
微かに聴こえる音色の
余韻に浸る


余韻には

完全に聴こえなくなるまでの時を
永遠に感じさせる

摩訶不思議な力があると
思います。


それは
千を超える
”友”という名で連なり

フォロワーページを
どれ程捲っても

途切れず永遠に感じる
それと異なり


心強い友となり
アナタの人生を

この終末感ばかりの暗闇に
人間らしくあるため

その背中から
行く先を
照らしてくれる。





   ***


長文をご覧いただき
ありがとうございます。

先日の記事にも
たくさんのいいねを
ありがとうございます。


では、また。
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