人材教育や面接やOJTなどで
たくさん教育をされていると思うのですが、
教えたらできると考えていませんか?
『教えたんやけど、全然できてないな…』
『何回も言ってるんやけどな…』
そう悩むのは教育担当だけでなく、
経営者や幹部も感じていることです。
少しドライですが、教育や成長は結果論であり
会社や組織としてはまず結果を求めるべきです。
結果として成長できた、でOKです。
成長できても結果が出てないのであれば
時間をかけすぎたのか
成長する方向が間違っています。
会社や組織として数字が出せるのであれば
システムや仕組みを使うべきです。
わざわざ電卓を叩かなくても
パソコンが計算してくれます。
計算だって今はSiriがしてくれるので
パソコンを触ることすら必要ないです。
教育すれば成長して結果が出る。
そう考えている方には少々厳しいですが
「そんなにあなたの教育レベルは高いんですか?」
と思ってしまいます。
自分にもそう突きつけていたので
マニュアルや仕組みをつくる考えに至りました。
私は自分が教育や教えることが得意だと思ってますが
完璧とは思っていません。
「自分の教育は、きっかけ作りでしかないし
自分の教育で目が出た子はそもそも才能がある子だ。」
と考えています。
なのでいつも自己研鑽と仕組み作りを考えています。
自分自身のことを振り返って、
教育だけではできなかったことばかりなはずです。
親が乗っている姿を見て自転車に乗れたでしょうか。
教科書を読んだだけで計算を覚えられたでしょうか。
言われただけでプレゼンがすんなりできたでしょうか。
営業トークを数回しただけで契約が取れたでしょうか。
そこには努力の時間と工夫があったはずです。
人間は自分の苦労の価値を高いと感じています。
なのでついつい同じ努力をして欲しいと思い、
「努力が足りないんじゃないか?」
と相手を責めてしまいます。
責められた相手がどう感じるか?
努力してないと言われて努力するでしょうか?
人格否定をすることが可愛がり方でしょうか?
人間は心理的に成長を感じた時にやりがいを感じます。
なので成功体験や「できた!」と感じる体験を
与えることが必要なのです。
小さい子供には「できたねー!」と褒めるのに
大人には「努力が足りない」と言うのはなぜでしょう?
心理的には子供も大人も変わりないはずです。
なので私はマニュアルや仕組みを作ります。
自分の苦労を後輩にして欲しくないからです。
自分の苦労を人に理解・承認してもらうことと
相手が成長することは別の問題です。
もっと短時間で・効率よく・成長角度が高く
結果を出してほしい。
自分がかかった時間よりはやく
達成して欲しいと考えています。
だって自分が10年かかった技術が
5年で習得させれるようになったら
それこそ自分の英知の価値、
人類としての価値ではないでしょうか。
同じ努力をさせる・期待するということは
あなたも人間が作り上げた文明をいちから
創造することと同義です。
そこに意味も意義もないですね。
あなたの経験や知恵・アイデアは素晴らしいものです。
その価値を高めるのは隠し物つことではありません。
広くシェアして分かち合い、発展に貢献することで
あなたの価値を高めていきましょう。