【考察】地震と心のメカニズム — 世界は相似形でできている?

記事
コラム
最近、地元で地震が起こり、
そのニュースを見ていて、ふと考えたことがありました。

・地震というのは、プレート同士の境界で起きる。
・地面の下で大きな力が押し合い、
 その歪みが限界に達したとき、揺れが生まれる。

その仕組みを思い浮かべていたとき、
あることに気づきました。

「揺れというものは、
いつも’’境界’’で起きているのではないか。」

そう思って自然の現象を眺めてみると、
いくつも似た例が見えてきます。

そしてそれは、
人の心理が揺れる構造にも
似ているのではないか、と。

今回は、そんな考察を綴っていきます。


⬛︎境界で生まれる「揺れ」


自然の現象を見ていると、
揺れはいつも「境界」で起きていることに気づきます。

水と空気。
温度差。
圧力差。

異なるものが接する場所では、
必ずエネルギーが流れます。

そのエネルギーの差が、
動きや揺れを生み出す。

例えば、水力発電のように、
落差があることで電気が生まれるのと似ています。

差があるところに、エネルギーが生まれる仕組みです。


⬛︎心もまた「境界」で揺れる



これは物理の話のようですが、
ふと考えると、
人の心も少し似ているように感じます。

例えば、

「〜したい」(本音)
「〜しなければならない」(建て前)

本当の気持ちと、社会的な役割。
理想と現実。
自由と責任。


つまり、2つの異なる思いがある場所、
その間で、人は揺れます。

多くの場合、
私たちはその揺れを「不安定」と感じます。

でも、もしかすると
揺れは「単なる不安定」だけではなく、
何かが動き始めているサインなのかもしれません。


ここでひとつ、よくある状態があります。

「またこれか」と思いながら、
 同じところをぐるぐるしている。

決めたいのに、決めきれない。

こういうとき、実は
👉すでに「境界」に立っている状態
だったりします。


先述のように
自然の世界では、
差が生まれるところでエネルギーが流れ、
現象が生まれます。

波や風がそうであるように、
変化は境界から始まっていく。

そう考えると、人の心の揺れもまた、
変化が生まれる「境界」にいる状態
なのかもしれません。


⬛︎世界は「相似形」かもしれない


私は歴史や神話、象徴について
考えるのが好きです。

そうしたものを見ていると、
自然の構造や心理の構造と、
どこか似た形が見えてくることがあります。

一見まったく違う分野でも、
構造はどこか相似形だったりする。

自然も、心理も、歴史も。
そして私が行っているタロットも。


科学の世界でもこういうことがあります。

木の枝分かれ、血管の分岐、川の流れ。

スケールは違うのに、
似たパターンが現れる。

こういう現象を
「フラクタル」と呼ぶこともあります。

自然は同じ形を繰り返す傾向がある。

だから「境界で揺れが起きる」という視点も、
自然の観察から出てきた一つのヒントです。


もしかすると、
世界は同じようなパターン・法則性を
繰り返しているのかもしれません。

そのパターンの一つが「境界」。

そして、
その境界で起こるのが「揺れ」なのではないか。


人の心も、何かが動くときは
だいたい 「2つの価値がぶつかる境目」 にいます。

ただ、
地面の中を直接見ることができないように、
人も自分の内側の動きを
はっきりと見ることは難しいものです。


だからこそ、
客観的に見たときに初めて
「どこで揺れているのか」が分かることがあります。

私にとってタロットは、
そうした「心の境界」を映し出すものです。

今どこで揺れているのか。
何がぶつかり合い葛藤しているのか。

そういった内側の構造を
一緒に見ていく時間でもあります。

もし今、
「なんかずっと落ち着かない」
「決めきれないまま時間だけ過ぎてる」

そんな感覚があるのなら、

それは
あなたの心の奥で

何かが動き始めているサインなのかもしれません。
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