かつての妻とベッドにいた男性の顔を忘れる月日【言の葉Cafe深夜営業】

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「オムレツを作りたいのなら、先ずは卵を割ることだ」と、誰かの本で読んだことがあります。
その応用で歩くためには立たなくてはいけません。

珈琲を淹れるには、どうしたらいいのでしょう?

豆を手に入れる、器具を揃える。なければ代用できるものを探す。
それから、あぁ「お湯を沸かす」なのでしょう。

ようこそ、いらっしゃいました。
ここは【言の葉Café】

もちろんあだ名です。

ただ、そう呼んでくれる人がいてくれることが大切すぎて、
他の事はどうでもいいのでその名のままにしておきます。

此処は「世界一美味しい珈琲を出す店」ではありません。
ただ、いまの「あなた」が求めている珈琲をお出しできたら、嬉しく思います。


珈琲を欲するようになったのはいつなのか、正直僕は覚えていません。
始めて飲んだ時は苦いと感じましたし、それは至って普通の感想だと思います。

この琥珀の液体に「旨味」などを感じるようになったのは、随分と経験を積んだからだと思います。少なくとも、最初の結婚は破綻していました。あの頃、妻子とは別居していました。

特に仲がこじれていた訳ではありません。

仕事の都合、です。
微妙なニュアンスは、僕がすこしだけ妻といることに疲れを感じていたと思います。


あの夜も、すこし時間を潰して妻の家に行きました。
当時、僕はバーでマネージャーをしていました。そこの給料日の営業時間(つまり深夜です)が終わった後に妻の家に生活費を持ってくのが習慣でした。
夜明けよりずっと早く、深夜と呼ぶには遅い時間。

何故、そんな時間だったのでしょうね。
いまでは分かりません。

でも、そうすることが夫婦間の協定のように思っていました。
毎月その時間に行き、生活費を渡し、子供の寝顔を見る。
そしてセックスをして、夜が明けて僕は自分のアパートに帰る。
それが僕たちの夫婦生活でした。

ルーティンといってもいいでしょう。

それが続いていくことに、少しのずれを感じていました。
僕だけかと思っていたら、彼女もそうでした。

最初にルーティンを壊したのはどちらでしょう?

何故かその日、僕は真っすぐに妻の家に行く気になれなくて深夜営業の喫茶店に入り一杯のブレンドを飲んでいました。
別に珈琲が好きではなく、味も分からない青二才の僕でした。でも、何故かその日はそうしなくてはならないように感じました。

それから、妻の家の近所のコンビニで肉まんを二つ買いました。

寒い夜です。

いつものように妻の家に行きますが、寝ているのか明かりが消えています。
普段なら出迎えてくれる妻が出てきません。

開いているので僕は中に入りました。
ベッドで彼女は眠っていました。
隣には、別の男性が。
何となく覚えがある顔でした。たしか高校の後輩です。
男性は目を覚まし、薄闇にも分るほどに僕を見て青ざめていきました。

妻も目を覚まします。
妻は慌てません。

今日、僕が来ることは知っていたから。
すべてわかっていて、そこにいるのです。

慌てて起きようとする男性に落ち着くように言って、僕は持っていた肉まんを二つとも彼に渡しました。


それが良い行動だったのか、そうでないのかは分かりません。
ただ、そうしてしまったのです。

夫婦を終了させたいときには、別の相手を見つけるのが先か、それともその猶予を与えるために珈琲を飲んで時間を潰すのがいいのか?

ただ、その時の彼女が何を思っていたのかは今も分かりません。
表情がまったく無かったからです。

ただ、退屈と言わんばかりの無表情で窓の外を眺めていました。

離婚に向けて話し合いの日程を決める連絡をするより早く、裁判所から調停通知書が届きました。


つづく

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