【短編小説】見えるけど…

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 それは十三歳になったばかりの香奈子が網膜移植の手術を受けて数週間後のことだった。
 ある晴れた昼下がり、看護師を従えて若い医師が香奈子の病室にやってきた。ベットから起き上がっている香奈子の傍には、心配そうな表情をした、香奈子の両親がいた。
 そして、看護師が、すばやく病室のカーテンを閉めると、医師は、
「じゃあ香奈ちゃん。包帯を外すよ」
と、云った。そうして、香奈子の顔を覆っている包帯を、ゆっくりと外し始めた。
 香奈子はじっとしているものの、心臓が壊れるぐらいの痛みを感じていた。
というのも、香奈子は三歳の時に光を失って以来、ずっと闇の世界で生活してきたのだ。だから、その痛みには、初めて見る世界に対する恐れに充ちていた。
 しばらくして、医師が包帯を外し終えると
「香奈ちゃん、ゆっくりと目を開けて」
と、香奈子の閉じた瞼を見ながら云った。
 すると、香奈子はゆっくりと目を開けた。
 最初は、ぼんやりと、しかし、だんだん鮮明に香奈子には、その医師の顔や両親の顔が見えてきた。
「見える?香奈ちゃん」
と、医師が優しく尋ねると、香奈子は静かに頷いた。すると、両親は満面の笑みを浮かべて喜んだ。だが、当の香奈子は決して嬉しそうな表情ではなかった。そして、母親が手鏡を香奈子に渡して、
「ほら、これが香奈子の顔よ」
と、云うと、さらに、香奈子の顔色が変わった。
「どうしたんだ、香奈子」
と、父親が香奈子を心配そうに見ると、香奈子に代わって満足げな医師が、
「香奈ちゃんには、初めて見ると云っていい程の世界ですからね。きっと驚いているんですよ」
と、云った。たが、香奈子は頷かず、黙って俯いた。そして、誰にも聞こえないように、
「見えるけど、見えるけどこんなこと、誰にも云えないわ。人の顔が、それまで私が想像していた宇宙人の顔、そっくりだなんて」
と、呟いた。
                                 完
《蛇足》
 以前、ネット上で公開していた拙作オンライン小説です。

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