【教育、指導ができるように導く】
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学び
日常的スピリチュアル、安田です。
教育、指導を受けたのであれば
教育、指導をしていくのが
自然の流れなのですが
この自然の流れが
できていないのです。
教育者、指導者というと
特定の人だけのような
印象があるのですが
成長すれば
誰でも教育者であり
指導者になるのです。
子どもの頃は
受け身でいるのが
当たり前なのですが
成長するにつれて
与える側になるのが
自然なのです。
常に受け身でいる人
受けることしか
考えていない人は
何歳であっても
成長していないのです。
教育者、指導者というのは
与える側であり
与えられるように
導く使命があります。
いつの時代でも
教育、指導する人よりも
受け身でいる人が
多かったのですが
教育、指導ができるように
導けなかったのです。
どんな教育者、指導者であっても
永遠に、この世で歩むことは
絶対にできません。
なので、教育、指導をしながら
次世代につなげる意識をしなければ
本当の意味で使命を全うできないのです。
知識だけを売るような
時代は終わりました。
知識を拡散させて
教育、指導ができるように
導くことが求められてきます。
教育、指導を効率よく
効果的に拡大させられる
環境は整っているので
あとは意識だけなのです。
過去の時代の延長線上の意識では
今の時代、これからの時代に
合わせることはできません。
教育、指導を拡大させる意識と
悟れるように導く意識が
求められてきます。
過去の時代の延長線上の教育
指導では、行き詰まりを感じるようになり
本質を求めるようになります。
今や、知識、情報は
民主化されているので
悟りを求めているのです。
何かを覚えることではなく
学んで知ったことを
悟れるように導ける
教育者、指導者が求められています。
今の時代に
何かを多く知っていても
何の自慢にもなりません。
知識自慢をしている波動を
感じることができ
違和感を感じてしまうのです。
教育者、指導者が不足していて
本質的なことが求められています。
この矛盾するような
ギャップを埋めていくには
教育を拡大する意識での歩みが
必要になります。
人を育てる目安というのは
知っていることを
増やすことではなく
教育、指導ができるように
導くことが目安になるのです。
そのような教育、指導が
できなかったというのは
本質的な歩みが出来なかった
ということになります。
教育を発展、拡大させることが
できなかったことは
歴史的な課題なのです。
自分だけに知識を
留めてしまい
都合が良い仕組みを
つくってきたのです。
その仕組みの弊害が
今の時代のツケになっています。
今の時代の波動と合わない
教育、指導をしてきたので
どうにもできない
行き詰まりを感じているのです。
現実的に、今から
転換していかないと
いけないのですが
教育、指導が
できるように導くことの
必要性の悟りが必要なのです。
教育、指導されたら
教育、指導をしていくという
自然の流れをつくることで
教育の可能性が感じられます。
教育、指導を受ける側ではなく
与える側が拡大されていくことで
より深く悟ることができ
ありとあらゆる分野の基準を
上げることができます。
基準を上げる努力をすることで
成長欲求を満たすことができ
より高い基準で歩むことができます。
今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌