【徳を積む意識で歩む】

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学び


日常的スピリチュアル、安田です。

徳を積む歩みというのは
希望と可能性を感じさせる
歩みのことをいいます。
嘘でも、ハッタリでも
希望と可能性を感じさせることで
徳を積むことができるのです。
教育というのは
できないことを
できるようにすることであり
できる気がしないことを
できる気がするように
導くことなのです。
なので
教育は受ければ受けるほど
何でもできる気がするし
教育すればするほど
徳を積むことができるのです。
落ち込ませる教育は
教育ではありません。
教育のビフォーアフターは
受ける前よりもできる気がして
教育する前よりも心霊的に
復活している状態のことをいいます。
教育する方も
教育される方も
お互いに復活し
希望と可能性が
感じられるのです。
感じさせる、感じられるというのは
小手先のテクニックではなく
日常の歩みの土台に比例します。
感じる境地というのは
表面的なことではなく
深い境地からにじみ出る
ことをいいます。
日常の歩みを極めることで
深い境地を感じさせることができ
自然に徳を積む歩みができるのです。
日常の歩みを極めるというのは
基本的な努力である
学び、実行、瞑想、運動を
極めるということです。
とくに今の時代は
本物しか通用しないので
本物になるしかないのです。
自分ができていないこと
できそうもないことを
割り切って教えようとしても
教えることができないのです。
というと
教えるハードルが
高くなってしまうのですが
何か一つのことでも
基準を立てることができれば
その基準を軸にした
教育ができるのです。
全てのことが
完全完璧である
必要はありません。
どんな人でも
できることよりも
できないことの方が
圧倒的に多いのです。
人それぞれで
使命の分担があるので
教えられることを
教えていけばいいのです。
悟った使命というのは
できていることなので
何の違和感もなく
教えることができるのです。
これからより
教育が重要な時代になりますが
教えられることを
教えていけばいいのです。
どんなに優秀な人でも
全ての分野のことを
教えることはできません。
悟った使命の分野であれば
何の矛盾も感じることなく
教えることができるので
深い境地を感じさせることができます。
そして、教えることで
徳を積み上げることが
できるようになるのです。
時代が大きく変化する時期は
混沌とするので
絶望を感じることがありますが
どんな人でも
希望と可能性を感じたいのです。
感じる境地には
根拠は必要ないのです。
何でもできそうな
境地になることで
集中することができ
投入することができるのです。
今の時代、これからの時代は
建設していく時代なので
希望と可能性の土台が必要なのです。
より大きな目的に
連結させるためにも
希望と可能性が必要なのです。
徳を積む歩みができていれば
自然に建設することができ
希望と可能性を感じることができ
感じさせることができます。
そして、徳というのは
次世代に残すことができ
連結させることができます。
私たちの歩みというのは
今だけの歩みではなく
未来につながっていくのです。
超長期視点で歩むことで
徳を積む意識で歩むことができ
未来に希望と可能性を
感じることができます。

今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌
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