【学ぶ動機、目的を明確にする】
記事
学び
日常的スピリチュアル、安田です。
学ぶ動機、目的を
明確にするというのは
面倒に感じるのですが
動機、目的が
明確になっていると
学びやすくなり
集中しやすくなります。
何のために学ぶのかを
明確にしていくことで
目指しながらの
学びができるのです。
今の時代の私たちには
目指すことが必要なのです。
過去の時代では
成熟することを
目指すことができたのですが
今は成熟された時代なので
より大きなことを目指さないと
歩みの原動力が出てこないのです。
何も目指さないで
漠然と歩んでいても
行き詰まりを感じてしまい
空しさを感じてしまうのです。
歩むためには
学びが必要なのですが
その学びに動機
目的が必要なのです。
何を目指すために学ぶのかを
明確にすることで、必要なことを
学ぶことができるのです。
今まで考えてこなかったことを
考えるのは面倒なのですが
面倒でも考えないといけないのです。
たとえ、すぐに明確にできなくても
悩んでいくことで
前に進むことができます。
今まで考えもしなかったことを
考え始めるようになれば
悩むようになるのです。
そして、悩みによって
居心地の悪さを
感じるのですが
その居心地の悪さが
刺激になるのです。
動機、目的というのは
探すことではなく
悟ることなのです。
悟るには、自分の内面と
向き合うしかないのです。
それこそ動機、目的が
明確にならなければ
何もしないくらいに
自分の内面と向き合ってください。
ひたすら瞑想をしたり
何の生産性もない
真空の時間をつくることで
自分の内面と向き合うことができ
悟りの境地に至るのです。
真空の時間というのは
本当に何もしない時間であり
おすすめなのが
無目的の散歩をすることです。
動機、目的を明確にするために
無目的なことをするのです。
通常の移動というのは
どこに行くかが
明確になっています。
明確になっている移動では
真空の時間がつくれないのです。
無目的の散歩というのは
その場で思いついたままに
散歩をしていくので
真空の時間ができるのです。
現実的には
全く生産性がないのですが
生産性がないことを
していくことで
真空をつくることができ
悟りの境地に至れるのです。
瞑想を習慣にするのが難しい人は
無目的の散歩をしてもいいのです。
散歩といっても
近所でいいのです。
普段歩いている道でもいいので
無目的に歩くことで
真空の時間がつくれるのです。
無目的なので
何となく不安を感じたり
「こんなことをしてていいのか」
という思いに駆られます。
これは、瞑想の時の雑念と同じで
放っておけば流れていくのです。
学ぶ動機、目的を明確にするには
深い境地からの悟りが必要なのです。
とくに今の時代の環境は
無理して頑張る必要がないし
頑張らなくても生きていけるのです。
まして、意図的に努力をするとなれば
目指すことが明確になっていなければ
努力をすることができないのです。
今の時代は
必死にはなれないのです。
なので
目指すことの明確さが
必要なのです。
目指すことが明確になれば
基準高く歩む原動力ができます。
より大きなことを
目指していくことで
目指していることに
合わせる歩みができるのです。
学ぶ動機、目的が明確になれば
より大きなことを
目指すことができ
基準高く歩むことができます。
今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌