【心配から解放される方法】
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学び
日常的スピリチュアル、安田です。
私たちの心配というのは
大抵は受け取れるかどうかの
心配をしています。
何かが成されること
結果が出ること
何かが解決すること・・・
という
受け取る心配ばかりを
しているのです。
つまり
コントロールができない
どうすることもできないことを
心配しているということです。
最善を尽くしたり
努力をすることはできますが
結果というのは
コントロールが
できないのです。
コントロールが
できないことを
心配しているので
心配に押し潰されそうに
なってしまうことがあります。
心配するべきことは
最善を尽くせているか
投入ができているかの
心配なのです。
受け取る心配から解放されることが
心配から解放されることなのです
どんなことを
目指すにしても
最善を尽くして
結果を委ねる
という姿勢が
必要なのです。
最善を尽くしても
結果が出ないことを
心配しても意味がないのです。
最善というのは
今できることを
精一杯に投入することなので
間違ったことはできないし
無駄なことはできないのです。
私たちが最善に感じることは
無駄なことはなく
必要なことができるように
なっています。
自分が選ぶこと
決めることに
自信を感じられないと
間違ったこと
無駄なことをしていると
思ってしまうのですが
自分を信じられなくても
宇宙の法則、神様の導きを
信じてください。
私たちは
自分で選ぶこと
決めることはできますが
導かれなければ
できないのです。
どんなに願っても
祈ったとしても
導かれなければ
何事も成すことはできません。
今できることは
導かれることで
できているということです。
なので
今できることに
最善を尽くすことが
できるということです。
たとえ、失敗したとしても
遠回りをしたとしても
必要なことなので
与えられているのです。
多くの人が願う結果は
自分にとって都合が良い
結果だけを願うのですが
必要な結果というのは
都合が良いことだけではないのです。
受け取りたくないことを
受け取るしかないことがあります。
心配から解放されるには
無駄な心配をしていることに
気づくことなのです。
無駄な心配というのは
コントロールができないこと
どうすることもできないことをいいます。
何に対して
心配しているのかを
把握することで
心配から解放されるのです。
心配から解放されることで
最善を尽くすことに
投入することに
集中することができるのです。
私たちがしている心配というのは
神様から見たら
「何をそんなに心配しているのか」
という次元の心配なのです。
心配するべきことは
最善を尽くせているか
投入ができているかなのですが
より大きな次元での
心配をしてもいいのです。
より大きなことを
心配することで
大きなことを
目指すことができ
目の前のことに
最善を尽くすことができ
投入することができます。
心配症の人は
より大きなことを
心配してください。
自分次元の心配だと
重くなってしまうのですが
より大きなことを
心配することで
心配が漠然となってしまうので
軽くなってしまうのです。
どうせ心配するのであれば
自分次元の小さなことで
心配するのではなく
より大きなことを
心配していくことで
視野を広げることが
できるようになります。
今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌