「今回は知り合いなので、無償で手伝います」
「報酬はいらないので、この仕事を引き受けます」
事業をしていると、このような場面は意外とあります。
友人・知人の事業を手伝う場合、実績作りのために無償で制作物を作る場合、NPOや地域活動を支援する場合などです。
では、報酬を受け取らずに業務を引き受ける場合でも、契約は成立するのでしょうか。
結論からいうと、成立します。
そして、無償だからこそ、むしろ契約内容を明確にしておいた方がよいケースがあります。
無償でも契約は成立する
契約というと、
「仕事をする」
「その対価として報酬を支払う」
という交換関係をイメージしがちです。
しかし、すべての契約に報酬が必要なわけではありません。
たとえば民法上の委任契約については、受任者は特約がなければ委任者に対して報酬を請求することができないとされています(民法648条1項)。
つまり、委任契約は無償でも成立することが予定されています。
また、法律行為ではない事務を委託する準委任契約についても、委任に関する規定が準用されます。
したがって、
「報酬は支払わないが、この業務をお願いしたい」
「わかりました。その条件で引き受けます」
という合意によって、無償の委任・準委任関係が成立することは十分に考えられます。
「無償」と「責任を負わない」は別の話
ここで注意したいのが、
無償であることと、何をしても責任を負わないことは同じではない
という点です。
「お金をもらっていないんだから、失敗しても責任はないでしょう」
と考えてしまいそうですが、必ずしもそうではありません。
契約が成立している以上、受任者には契約内容に従って事務を処理する義務が生じます。
そのため、無償で業務を引き受ける場合には、
どこまでやるのか
を明確にしておくことが非常に重要になります。
一番危険なのは「ちょっと手伝って」
無償契約でトラブルになりやすいのは、契約書を作らず、
「ちょっと手伝ってほしい」
「いいですよ」
という程度でスタートするケースです。
最初はホームページの文章を少し直すだけだった。
ところが、
「ついでに画像も直して」
「SNSも見てもらえない?」
「問い合わせ対応もお願い」
と業務が増えていく。
しかも無償です。
これはなかなか厳しい。
さらに問題なのは、トラブルが発生したときです。
依頼した側は、
「そこまでやってくれると思っていた」
受けた側は、
「そんなことまで引き受けたつもりはない」
となります。
報酬がないため金額についての争いは起こらなくても、業務範囲や責任についての争いは普通に起こり得るわけです。
無償契約で決めておきたいこと
無償で業務を引き受ける場合には、少なくとも次のような事項を明確にしておくとよいでしょう。
1.無償であること
まず、
「本業務について報酬は発生しない」
ことを明記します。
曖昧にしておくと、後から報酬の有無について認識の違いが生じる可能性があります。
2.業務内容
何をするのかを具体的にします。
たとえば、
* Webサイトの記事作成
* SNS投稿の補助
* イベント当日の受付
* 資料作成の補助
などです。
逆に、契約に定めていない業務について当然に対応する義務を負うものではないことを定める方法もあります。
3.実費の負担
無償であっても、交通費、材料費、郵送費などが発生することがあります。
「報酬はゼロだけど、交通費まで自腹だった」
となると話が違ってきます。
そこで、
「業務に必要となる実費は依頼者が負担する」
など、報酬と経費を分けて整理しておくことが重要です。
4.成果物の権利
デザイン、文章、写真、プログラムなどを作成する場合には、著作権その他の知的財産権についても検討する必要があります。
無償で作ったからといって、著作権が当然に依頼者へ移転するわけではありません。
「自由に使っていいと思っていた」
「使用は認めたけれど、著作権まで渡したつもりはない」
というトラブルを避けるためにも、権利関係を明確にします。
5.損害が発生した場合の責任
無償であるにもかかわらず、有償の専門業者と同程度の広範な責任を負わせる契約になっていると、受任者にとって非常に重い契約となります。
業務内容や当事者の関係を踏まえ、
* どのような場合に責任を負うのか
* 間接損害や逸失利益をどう扱うのか
* 損害賠償責任に一定の制限を設けるのか
といった点も検討対象となります。
ただし、故意・重過失の場合を含めて過度に免責する条項については、その有効性を含め慎重な設計が必要です。
無償だから簡単な契約とは限らない
契約書を作成していると、
「今回は無償なので、簡単な契約書で大丈夫です」
と言われることがあります。
しかし、これは少し違います。
報酬がないことと、契約関係が単純であることは別問題です。
無償でも、
秘密情報を扱う。
顧客情報を見る。
会社のシステムにアクセスする。
著作物を制作する。
第三者と接触する。
こういった業務であれば、それなりの契約設計が必要になります。
むしろ報酬という明確な対価が存在しないからこそ、
「どこまでやればよいのか」
「どこまで責任を負うのか」
について認識が曖昧になりやすいともいえます。
「ボランティア」という名前を付ければよいわけでもない
もう一つ注意したいのが、契約書のタイトルです。
実態として業務を継続的に行わせ、細かな指揮命令を行っているにもかかわらず、
「ボランティア契約書」と名前を付ければすべて解決するわけではありません。
契約関係は名称だけではなく、実際にどのような関係で業務を行っているのかが重要です。
特に、実態として労働者性が問題となるようなケースでは、単に「無償」「ボランティア」「業務委託」と書いておけばよいという話ではありません。
契約書は、実態を隠すためのものではなく、実態を正確に言語化するためのものだからです。
まとめ
無償で業務を引き受ける場合でも、契約は成立します。
そして、
「無償=契約書不要」
「無償=責任なし」
というわけではありません。
特に重要なのは、
「何をするのか」
「何をしなくてよいのか」
「経費は誰が負担するのか」
「成果物の権利は誰に帰属するのか」
「問題が起きた場合、どこまで責任を負うのか」
を明確にすることです。
お金をもらわず、善意で引き受けた仕事なのに、最後に人間関係まで壊れてしまった。
それでは、あまりにも残念です。
善意で始まる関係だからこそ、契約によって境界線を決めておく。
無償契約における契約書には、そんな役割もあります。
南本町行政書士事務所 代表 特定行政書士 西本