「子ども食堂が全国で急増」
「赤ちゃんポストの設置が各地に拡大」
──こうしたニュースを見て、皆さんはどう感じるでしょうか?
「社会が温かくなってきた」
「民間の力が頼もしい」
そう感じる方も多いかもしれません。確かに、目の前の困りごとに手を差し伸べる優しさは尊いものです。
しかし一方で、それが“あたりまえ”になってしまうとしたら──国としては非常に危うい兆候だとも言えます。
■ 子ども食堂が増えることの意味
子ども食堂は、無料または低価格で子どもたちに食事を提供する場所です。
背景には、家庭で食事がままならない現実があるからこそ、食堂が必要とされています。あくまでこれは一面だと思います。なんとなく、食べることができない=貧困家庭となっているので食べてもらおうという図式が出来ている、と考えた場合、子ども食堂がたくさんできていくことが、とても良いことという形ではないよねといった議論です。現場ではもっと様々が声が聞こえてくるでしょうから、それらを聞いてみると、実際には貧困以外の理由で子ども食堂は必要ということもあると思います。しかし今回は貧困が原因で子供食堂に行く子供という視点で見ます。そうなりますと、
つまり、子ども食堂が増える=それだけ「家庭でごはんを食べられない子ども」が増えている、という裏返しでもあります。
一見すると「助け合いの場が広がった」と思えるかもしれませんが、本来は国のセーフティネットが担うべき最低限の保障ではないでしょうか。
→増えないと困る。運営者様には頭が下がります。しかし、家庭でご飯を食べてもらえることはそれはそれで重要です。この問題をどうするか。家庭でご飯を食べることができないという問題には様々な要因があります。
もしかしたら貧困だけが原因でない場合もあるかもしれません。
■ 赤ちゃんポストが増えることの意味
一方、赤ちゃんポスト(こうのとりのゆりかご等)は、育てられない赤ちゃんを匿名で預ける仕組みです。
これにより「命が救われる」という大きな成果がある一方で、これもまた「親が育てられない状況の子」が増えているという現実を物語っています。
虐待や貧困、孤立、望まぬ妊娠。
その背景にある社会的孤立や、支援制度の不足・複雑さが根本的に改善されなければ、ポストの数だけ“救いきれない命”が積み上がっていくのです。
■ 民間の努力が制度の代替になってはならない
ここで大切なのは、子ども食堂も赤ちゃんポストも、本来は“非常時の受け皿”であって恒常的な制度ではないということ。
にもかかわらず、行政が本来行うべき福祉・支援の一部を、民間のボランティアや施設が肩代わりする状況が拡大しているのです。
これはつまり、国の“制度のほころび”を市民が補っているという構造であり、長期的に見れば「政府の責任放棄」にもつながりかねません。
■ 本当に必要なのは「増えること」ではなく「必要がなくなること」
子ども食堂や赤ちゃんポストが全国に広がることは、目の前の命や生活を支えるという点でとても大切です。
ですが、本当に目指すべきは「子ども食堂が必要なくなる社会」、「赤ちゃんポストに預ける人がいなくなる仕組み」なのではないでしょうか。
ひとり親世帯への継続的支援
児童扶養手当の拡充
性教育と避妊へのアクセス改善
福祉窓口のわかりやすさと実効性の向上
国の制度こそが、“最後の砦”でなければなりません。
■ 最後に
民間が立ち上げた温かい制度が、いつしか国の代わりになってしまう。
その状況が常態化することこそが、私たちが本当に危惧すべきことです。
制度を「増やす」のではなく、必要としない社会に近づける努力を重ねること──
それが本当の意味で、子どもや命にやさしい国づくりにつながるのではないでしょうか。
南本町行政書士事務所 特定行政書士 西本